ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(30)

ハラスメントの加害者から被害者への接触

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、H市事件(最三小判令和4・6・14労働経済判例速報2496号3頁)です。

【テーマ】加害者からハラスメントの被害者への接触-そのこと自体が処分対象です。

1.概要

今回は、パワーハラスメントの加害者が、自身に対する懲戒処分を軽減する目的で被害者等に接触し、有利な証言をするように働き掛けを行った事例です。働き掛け自体が懲戒処分の対象とされた点が特徴的です。

2.事案の流れ

XはH市の公務員(消防職員)であり、部下だけでなく上司に対しても、暴力や暴言などのパワハラ行為を行っていました(被害者は、認定されただけで上司4名、部下3名です)。別の職員のパワハラ行為をきっかけに第三者委員会が設置され、その調査の中でXのパワハラも明らかになりました。そこでH市側はXを停職2か月の懲戒処分としますが(第1処分)、Xはこれを不服として審査請求の手続を行うほか、パワハラの被害者でもある部下A等に下記3のような働き掛けを行いました。H市側は、XのAらへの働き掛けを理由として、停職としては最も期間の長い、停職6か月の懲戒処分とします(第2処分)。Xは第1処分、第2処分の取り消しを求めて訴訟を起こしますが、地裁(富山地判令和2・5・27労経速2496号16頁)は両処分とも適法としました。ところが高裁(名古屋高金沢支判令和3・2・24労経速2496号7頁)は、第1処分は適法としたものの、第2処分については重きに失するものであるとして取り消しを認めます。H市側が上告したのが本件です。

3.問題とされた行為(パワハラ後の行為)

Xは、パワハラの被害者Aに対し、第1処分の審査手続でAへの暴行(注意に対するAの態度が悪いとして蹴ろうとし、Xの足がAの手に当たって指が腫れました)が争点になるとして、処分をより軽くする目的でAと面会の約束をしました。その時のXのメールには、審査手続がうまくいかなかった場合、(上司と他の被害者Bを)「刑事告訴する それに加担したものも含むつもり リークしたものも同罪やろ」などの記載がありました。Aが上司の指示等を理由に面会を断ると、「Bと一緒にならないように」「お前も加担してるとは思わなかったわ」などのメールを送りました。なお、Xは別の同僚Cにも処分軽減のための働き掛けを行っており(詳細は略)、A、Cに対する働き掛けを理由に第2処分が行われました。

4.裁判所の判断

最高裁は、XによるAへの働き掛けは、審査手続を有利に進めるために面会を求め、断ったAに対し告訴などの報復を示唆することで威迫するとともに、不安に陥れ、困惑させるものであり、懲戒制度等の適正な運用を妨げ、「非難の程度が相当に高い」非行であると評価しました(Cに対する働き掛けについても同様に判断しました)。そして、第2処分は、懲戒の種類・停職期間の長さとも、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱・濫用するものではないとして、最高裁は高裁の判決を破棄しました。第2処分についてさらに審理させるため、事件は高裁に「差戻し」となりましたが、最終的に、第2処分を適法とする結論が確定しています(名古屋高判令和4・12・9判例集未登載。「差戻し(差戻)」については本連載第11回を参照)。

5.本件から学ぶべきこと

本件から学ぶべきことは大きく3点あります。
まず1点目は、ハラスメントの加害者から被害者等に対する接触、働き掛け等は、それ自体が処分に値する、許されない行為であるということです。加害者から何か言われる(脅される)ような環境では、ハラスメントを受けたことを会社側に相談することが難しくなってしまいますし、相談後の事実調査においても、周囲からの目撃証言等が期待できなくなってしまいます。また、懲戒制度が適正に運用されなければ、悪いこと(ハラスメント)をしても罰せられない環境につながってしまいます。
つまり、加害者による働き掛けを許せば、ハラスメントの防止の取り組みにとって大きなマイナスとなるわけですね。この点、高裁判決は、XがAに面会を求めたことを反社会的な違法行為とまで評価するのは難しいと述べていたのですが、こうした判断は妥当ではないと思われます。最高裁が述べるように、Xの行為は非難の程度が相当に高いものと評価されるべきでしょう。
なお、本件は公務員の事例ですが、民間企業にも広くあてはまりうる内容だと考えられます。ハラスメントの加害者と認定された社員はもちろん、加害者の可能性があり調査中という社員に対しても、被害者側への接触は厳禁であることを周知徹底しましょう。たとえ謝罪等の申し出であったとしても、被害者側の意向を確認した上で、一対一ではなく会社側も同席するといった、慎重な対応が求められるといえそうです。
次に2点目は、Xのパワハラ行為そのものについてです。今回は、部下だけでなく上司に対する暴行・暴言もありました。一般に「逆パワハラ」と呼ばれていますが、法的には「逆」でも何でもなく、部下が上司に対して優越的な地位に立ち、パワハラを行うことは十分ありえます。もちろん上司から部下へのパワハラに比べ件数は少ないかもしれませんが、ハラスメント研修等において、いわゆる「逆パワハラ」も問題となることを注意喚起するとよいでしょう。
最後に3点目として、ハラスメントを理由とする懲戒処分の紛争では、本件のように高裁が処分を無効とし、最高裁がそれを覆す事例が見られます(本件のほか、本連載第11回等)。裁判所には、労働者保護の観点から、懲戒処分について慎重に(つまり処分を認めない方向で)判断する傾向があるといえるのですが、ハラスメントの場合は加害者を罰することがハラスメントの防止、すなわち他の労働者の保護につながるため、処分を認める結論を出しやすい面があると思われます。もちろん、「ハラスメントの事案だからどんな厳しい処分でも許される」というわけではない点に注意が必要ですが、必要な処分をしっかりと行うことで職場の秩序を回復し、ハラスメントのない職場を目指す努力が重要といえますね。

(2023年5月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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