ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(5)

パワハラとはいえない不適切な指導も問題に

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、B社事件(仙台地判平成25・6・25労判1079号49頁)です。

【テーマ】違法なパワハラ(パワーハラスメント)とは言えないまでも,上司の指導が法的に問題となることも!

【1.概要】

今回は,上司から新入社員に対する指導が,指導そのものは違法なパワハラには当たらないけれども,業務上の心理的負荷は増大させたとして,新入社員の自殺(いわゆる過労自殺)に対する会社の法的責任を判断する際に考慮要素の一つとされた事件を紹介します。

【2.事案の流れ】

Y1社(運送業)へ大学卒業後の平成21年4月に新卒で入社したAは,入社1ヶ月後から平均で月100時間を超える長時間労働に従事させられるなどして強度の肉体的・心理的負荷を受け,適応障害を発症し,入社半年後の平成21年10月に自殺しました。本件訴訟は,Aの両親X1,X2が,Y1社およびAの上司Y2(営業所の所長)に対し,Y1社については安全配慮義務違反または不法行為(民法709条)が, Y2についてはパワハラによる不法行為があったと主張して,損害賠償を求めたという事案です。なお,平成22年11月,Aの自殺は業務災害に当たるとして労災の認定を受け,X1らは遺族補償一時金など合計して約1200万円の労災保険給付を受けていますが,本件はX1らとY1社らの民事訴訟(いわゆる労災民訴)として争われた事件です。

【3.ハラスメントであると主張された内容】

Aは,入社後配属された営業所にて,伝票入力の間違い,荷物をぶつける,傷つけるといった新入社員としてよくあるような範囲内のミスをすることが少なからずありました。所長Y2は,Aがミスした際,(具体的な改善の指導ではなく)「何でできないんだ」「何度も同じことを言わせるな」「そんなこともわからないのか」と叱責しており,その頻度は週に2,3回程度,1回につき5~10分程度であったこと,ミスが重大な場合には「馬鹿」「馬鹿野郎」「帰れ」と言うこともまれにはあったことが裁判所によって認定されています。

【4.裁判所の判断】

裁判所は,Y2のAに対する叱責は,「必ずしも適切であったとはいえないまでも,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできない」と判断し,Y2個人の不法行為責任は否定しました。しかし,長時間の時間外労働など過酷な勤務状況において,Y2からの日常的な叱責はAに相当程度の心理的負荷を与えていた(業務による心理的負荷を増加させた)と述べた上で,Aの自殺はY1社の業務に起因するものであり,Y1社にはAの業務の負担等に配慮しなかった過失があるとして,Y1社の不法行為責任を肯定し損害の賠償(慰謝料も含め約6300万円)を命じました(なお,計算の際,X1らが受けた労災保険給付の一部〔遺族補償一時金〕に相当する額が差し引かれています)。

【5.本判決から学ぶべきこと】

本判決では,新入社員の自殺の原因はあくまで長時間労働による肉体的・心理的負荷を原因とする精神疾患であり,指導が違法なパワハラに当たるとか,会社が責任を負う根拠がパワハラにあるとされたわけではありません。しかし,ミスに対してただ叱責するのみであった上司のもとで,新入社員が「将来に向けた明るい展望が持てなくなっていった」と裁判所は述べています。ここから,上司による指導が適切さを欠くと,たとえ指導そのものが違法といえるレベルに達していないとしても(指導とパワハラの境界については,このページの最下方にある本連載〔第1回パワハラと指導の違い〕も参照),職場環境を悪化させ,部下に対する負荷を増大させるなどして精神疾患,メンタルヘルス不全の一つの要因となること,そして,会社はその部下の精神疾患等について法的責任を負う可能性があることをあらためて認識すべきでしょう。もちろん,「過保護」になることがよいというわけではありませんが,多くの新入社員を迎える新年度を目前に控え,上司として指導する側に対する研修や支援体制の意義を再確認するきっかけとなる事例であると思われます。

(2014年2月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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