- Home
- ハラスメント情報館
- ハラスメント対策最前線
- AIとハラスメント
ハラスメント対策最前線コロナパンデミック・DX時代の雇用と法律問題(11)
AIとハラスメント
- Q近年AIの急速な普及によりAIによる「(新たな)ハラスメント」や、同じくAIを活用しての「ハラスメント対策」が注目されていますが、どのようなことでしょう?
AIは待ってはくれない!だから働く者も待ってはいけない!
- A1AIを介して(悪用して)のハラスメント
- (1)技術(=知識)「格差」によるハラスメント
現在深刻な問題となっているハラスメントの1つは、生成AIに関する知識や利用経験の差によって、同僚間や上司と部下の間で知識やスキルの格差がもたらされ、それに伴うハラスメント行為です。
例えばAIを使いこなせる上司(or同僚)が、それができない部下や同僚に対して「お前まだこんなことしかできないのか」などと叱責や嘲笑をするものです。 - (2)AI活用の強要と制限
(1)の最も極端な例は、AI活用の強要と制限といえます。AIが必須などという風潮に乗じて、「うちの部署でもAIが必須」などと称して、上司や組織が一方的にAIツールの使用を強制する場合や、反対に「AIに頼りすぎだ」と制限するケースが見受けられます。このような極端な対応は職場全体に混乱を招くだけでなく、従業員のストレス増大にもつながることに注意が必要です。 - (3)プライバシー侵害によるハラスメント
スポーツ選手や芸能人などの顔写真などをディープフェイク技術でポルノ動画化して、インターネットに掲載する事例が社会問題化しており、これらは刑事罰や民事賠償の対象となることもあり、注意が必要です。 - (4)差別的学習データによるバイアス
生成AIがアルゴリズムにより学習する過程で、人種差別や性差別的なデータが混入すると、AIの判断にバイアスがかかり、そのようなAIになんの疑問なく利用し続けることでハラスメントを助長することにつながります。採用や昇進に関わってバイアスがかかった人事評価を行い、問題とされたケースがその例といえます。 - (5)ブラックボックス化がもたらすバイアス
AIが示した判断は、一般的に結論のみであり、プロセスが開示されないことが普通です。したがって、例えば人事査定をめぐってAIが従業員の昇進を不当に妨げる不適切な結論を出しても、そこに到達する過程のアルゴリズムが複雑化している場合、反証を示すことが不能となることが多く、技術的な対策が困難なことから、不平をもった社員が退職した例などが報告されています。 - (6)議事録作成の自動化とその指導
かつては手作業で行われた会議などの議事録作成は、生成AIの導入により急速に自動化がされていますが、文章化される前に、若手従業員に対して上司から「まずはお前が手作業で自分で議事録を作ってみろ」と指示し、それが苦痛となる場合があり、過度な指導はかえって従業員を委縮させることにつながります。
- A2AIを利活用してのハラスメント対策
ハラスメントは個々の従業員に心理的負担を与えるだけではなく、職場全体の生産性低下、離職率の増加、さらには企業ブランドの毀損につながるリスクがあり、従業員が安全に働ける環境を構築するためにも適切な対応が急務です。
- (1)AIガバナンスの構築
ハラスメント問題に適切に対応するためには、企業のガバナンス強化が不可欠です。そのためには職場の多様な関係者(=ステイクホルダー・従業員、管理職、労務担当者など)と連携して、例えば専門の倫理委員会を設置する等して、全職場のチェック体制を確定すべきです。
特にAIを利活用してのハラスメント対策が強化されるべきです。職場やオンライン上でのコミュニケーション内容を解析し、従業員同士や顧客等などの発する感情的な変化や攻撃的発言を検討することが必要であり、そのためにはAIは有効な手段といえます。
AIは人間が発する自然言語処理技術(人間が日常的に使う言葉をコンピューターが理解・分析し、処理できるようにする技術のことであり、AIは特にこの技術に優れている)に優れており、我々の日常会話における感情分析をすることに有益です。 - (2)AI教育の実施と意識改革
トップのリーダーシップの下、従業員全員が生成AIの利点とリスクを理解できるよう、定期的な研修やワークショップの実施が重要です。
従業員にアンケートを実施する場合でも、そのままにせず、AIに分析させて、対策を検討することが有益であり、研修の実施に際しても、一般的な研修に満足せず、例えばAIに関する専門家を招いて利点とリスクを学んだり、前述した自然言語処理技術を用いて従業員同士の会話や顧客とのコミュニケーションのとり方を学習することなどが有益といえます。
- A3最後に
「ハラスメントは人権侵害である」と言われて久しくなりますが、わが国では依然としてハラスメントに対する認識が低く、表面化しにくい傾向にあります。厚生労働省の近年の調査でも、パワハラの相談は6割強で、セクハラ4割、カスハラ3割弱、マタハラ1割などと報告されていますが、これはあくまでも発覚したケースの一部に過ぎません。「うちの会社は大丈夫」とか「自分に関係がない」という意識が問題の目を摘んでしまうことにつながることが多く、注意が必要です。
(2025年11月)

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業
「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)
その他の記事
原 昌登
成蹊大学 法学部 教授
津野 香奈美
神奈川県立保健福祉大学大学院
ヘルスイノベーション研究科 教授
水谷 英夫
弁護士
中島 潤
認定特定非営利活動法人ReBit(リビット)所属
稲尾 和泉
クオレ・シー・キューブ
取締役
村松 邦子
経営倫理士
苅部 千恵
医師