ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(29)

フリーランスに対するハラスメント

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、A社ほか事件(東京地判令和4・5・25労判1269号15頁)です。

【テーマ】企業は社外のフリーランスに対するハラスメントについても責任を負います。

1.概要

今回は、社外のフリーランス(個人事業主)に対して行われたセクハラ、パワハラについて、加害者のみならず会社にも賠償責任が認められた事件を紹介します。

2.事案の流れ

X(女性)は平成29年に大学を卒業後、アルバイトをしながら、将来はフリーの美容ライターとして生計を立てたいと考え、個人のWebサイトを開設するなどしていました。平成31年3月、サイトを通して連絡してきた、エステサロンを経営するY1社の代表取締役Y2(男性)からの依頼で、Xは同社Webサイトの記事の執筆やサイトの運用等を行うことになりました。
XはY2からエステで施術を受け、体験記事の執筆等を行いましたが、施術や打ち合わせを重ねる中で、Y2は下記3のようなハラスメント行為を行いました(Y2は契約関係をあいまいにしたまま、結果が出なければ契約終了の可能性があるなどとメールで発言することもありました)。最終的には、Xとはまだ契約を交わしていない、スキルが低すぎるので契約は交わせないなどと述べて、報酬の支払いも拒否しました。Xには不眠などの症状が出て病院でうつ状態と診断され、また労働組合や警察に相談するに至りました。
Xは訴訟を提起し、Y1社とY2に対し、Y1社の安全配慮義務違反、Y2の不法行為責任、を主張し、ハラスメントの慰謝料など総額550万円の損害賠償を請求するとともに、Y1社に業務委託契約に基づく執筆等の報酬(月額15万円)を請求しました。

3.ハラスメント行為

Y2がXに対し、性体験のことについて質問したこと、施術の際、胸を見せるように求めたことやXの陰部に触ったこと、打ち合わせ時、性交渉をさせてくれたら食事に連れて行くなどと述べ、キスを迫り、自らの股間をXの臀部に押し付けたことなどが事実として認定されました。また、上記2のように報酬の支払いも拒否しました。

4.裁判所の判断

Y2の言動は、Xの性的自由を侵害するセクハラ行為であるとともに、業務委託契約を結びながら報酬の支払いを正当な理由なく拒むという嫌がらせにより、経済的な不利益を課すパワハラ行為にも当たると判断しました。Y2は、自身はXに対し優位な立場にあるわけではなく、ハラスメントには当たらないと反論しましたが、XはY2の指示を仰ぎながら執筆等の業務を行っていたとして、Y2の優位性を認めて反論を否定し、不法行為責任(民法709条)を認めました。
また、Xは執筆等についてY1社の指揮監督下にあり、Y1社は「信義則」上、Xに安全配慮義務を負っていると述べた上で、Y1社は代表者(Y2)自身によるハラスメント行為によって安全配慮義務に違反したとして、Y1社自身の債務不履行責任(民法415条)も認めました。以上から、Y1社とY2に連帯して慰謝料等150万円をXに支払うことを命じました。
なお、正式な契約書は交わされていなかったものの、Xが実際に業務を行っていたことなどから、月額15万円の報酬を支払う業務委託契約がXとY1社の間に成立していたことを認め、Xの請求通りに報酬を支払うこともY1社に命じました。

5.本件から学ぶべきこと

最大のポイントは、企業は従業員や役員が社外のフリーランス(個人事業主)に対してハラスメントを行った場合、企業自身の責任として損害賠償責任を負うということです。
責任の法的な根拠は、本連載でも繰り返し登場する「安全配慮義務」です。この義務は、実は雇用関係がなくても生じるということを、この機会に確認しておきましょう。裁判所は、取引等に関する基本ルールの「民法」において、「信義」(要は当事者間の信頼関係)が重要とされていることを土台として、当事者に一定の関係性ができている場合に、安全配慮義務を肯定します。ですから、雇用契約の存在は必須ではなく、今回のように業務委託契約を結んだ当事者間でも安全配慮義務が肯定されうるわけですね*1
Y2の言動は、フリーランスとして生計を立てたいというXの立場につけ込んだもので、Y2自身が加害者として責任を負うことは当然です。なお、Y2は、訴訟になるまでXは被害を訴えたことがなかったという反論もしていますが(加害者側の反論の典型例ですね)、裁判所は、Xが契約の打ち切りを恐れて被害を訴えなかった可能性も十分ありうるとして、その反論を否定しました。
また、今回は契約書がなかったこともトラブルの要因になっています(Xは契約書の案を作成しますが、Y2は何かと理由を付けて契約書を交わしませんでした)。いわゆる「フリーランスガイドライン」*2によれば、仕事の発注時には書面の交付が義務付けられます。企業が社外のフリーランスと取引をする場合、ガイドラインをよく確認することも重要ですね。
今回の判決をきっかけに、企業としては、社内だけでなく、社外の相手に対する言動等にも注意するように、従業員や役員にいっそうの周知啓発を図ることが求められるといえるでしょう(なお、パワハラ指針において、社外の個人事業主等に対するハラスメントについても配慮することが「望ましい」とされていることも、再度確認しておくといいですね)。

  • *1.信義(信頼関係)が重要であるというルールを「信義則」と呼んでおり、民法(1条2項)のほか、労働契約法(3条4項)にも規定があります。安全配慮義務は信義則を根拠として様々な場面で生じるのですが、雇用関係においては特に重要な義務となるので、確認の意味であらかじめ労働契約法(5条)に明記されているのです。
  • *2.正式名称:「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン

(2022年6月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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