ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(32)

育休からの復帰先と本人のキャリア

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
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今回の記事で参照した裁判例は、A社(降格等)事件・東京高判令和5・4・27労判1292号40頁です。

【テーマ】育児休業からの復帰先を検討する際は、本人のキャリアも尊重しましょう。

1.概要

今回は、育児休業からの復帰の際、休業前とは異なる「部下のいない業務」に配置したことが違法とされた事例を紹介します。本人のキャリアに注目した点がポイントです。

2.事案の流れ

Xはクレジットカード発行会社であるY社の従業員であり、2014年1月から個人営業部のセールスチームのチームリーダーを務め、37名の部下がいました。また、Y社では職務等級(バンド)に基づき基本給が算定されており、Xのバンドは「35」でした。
Xは2015年7月から産前産後休業(産休)、育児休業(育休)を取得しますが、育休中にY社の組織変更でXのチームは消滅し、Xが2016年8月に育休から復帰した際、Y社はXを新設したアカウントセールス部門のマネージャーに配置しました。バンドは変わらず「35」であったものの、部下が1名もいないポジションでした(なお、バンドが変わらないため基本給に変化はありませんでしたが、役職の変更に伴い、賃金のうち「業績連動給」は減少しました)。

3.問題とされた会社の行為

Xは、産休・育休の取得を理由にチームリーダーの役職を解かれたことが、男女雇用機会均等法(均等法)9条3項や育児・介護休業法(育介法)10条が禁止する、産休や育休を理由とする「不利益な取扱い」に当たると主張し、Y社に対して損害賠償等を請求しました(Xの主張は多岐にわたるのですが、事件の中心である、役職を解かれた点に絞って紹介します)。
地裁(東京地判令和元・11・13労判1224号72頁)は、復帰の前後を通してバンドに変化がなく、業務内容も相当程度共通する内容であることなどから、Y社はXを育休取得前の原職に「相当する」役職に配置したもので、均等法・育介法に反せず違法ではないとして、Xの請求を棄却しました。Xは控訴し、約2860万円の賠償をY社に請求しました。

4.裁判所の判断

裁判所(東京高裁)は、まず一般論として、基本給や手当など経済的な面での不利益がないとしても、「業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねない」配置の変更は、原則として均等法や育介法が禁止する不利益な取扱いに当たり違法であるという枠組みを示しました。
そして、復帰後のXをマネージャーに配置したことは、まさに業務の内容面で質が著しく低下し、業績連動給の減少など給与面でも不利益があったほか、「妊娠前まで実績を積み重ねてきたXのキャリア形成に配慮せず、これを損なうものであった」と判断します。この配置に「Xの育児に対するY社なりの配慮もあったことがうかがわれる」点は裁判所も認めているのですが、妊娠前と同様にキャリアを高めていくことを望むXに対し、Y社は十分な話し合いも行わず一方的に復職先を決定し、Xは「渋々ながらこれを受け入れたにとどまる」と述べています。結論として、この配置は違法であるとして地裁判決を変更し、損害賠償として約220万円をXに支払うことをY社に命じました。

5.本件から学ぶべきこと

本件は、会社による不利益な取扱いが行われた事例で、厳密に言えば上司等によるハラスメントの事例とは区別される面があります。しかし、広い意味ではまさにマタハラといえますし、企業としてぜひ知っておくべき事例ですので、本連載で取り上げることにしました。ポイントは大きく3点あります。

まず1点目は、産休や育休からの復帰の際には、労働者の「キャリア」にも注意しなければならないということです。
休業前の「原職」への復帰、あるいは、原職と同じではなくとも「原職相当職」への復帰が実現できればいいのですが、そうでない場合、産休や育休を理由とする不利益な取扱いに当たるとして紛争が生じる可能性があります(※参考資料も参照)。この点、賃金が雇用関係で最も重要な要素の1つであることから、賃金、少なくとも基本給が変わらなければ、たとえ仕事が変わっても不利益ではないという考え方もあるかもしれません。しかし、裁判所はこれを明確に否定し、労働者の将来のキャリア形成に配慮しないポジションへの復帰は原則として許されないと述べました。ここが本件のポイントで、不利益な取扱いといえるかどうか、単に賃金のみで判断することはできないという点を確認しておきましょう(なお、本件では業績連動給に減額が見られますが、この点を裁判所はそこまで重視しておらず、本質はあくまで「キャリア」にあると理解できます)。

次に2点目は、復帰先の検討において、労働者との話し合いが重要な意味を持つということです。 本件でも、Y社がXの負担を軽減しようと復帰先を決めた面がないわけではありません。事実、育休等からの復帰の際は、できるだけ仕事の負担を軽減したいと思う労働者もいるでしょう。しかし、すべては人それぞれなのですから、企業としては当該労働者と個別に相談・調整を行うことが不可欠です。ここで重要なのは、「負担を軽くしておけばよいだろう」といったステレオタイプな対応をせず、よく労働者と話し合うこと。それが上記の1点目で述べた労働者のキャリアの尊重にもつながります。個別の相談・調整を負担に感じる企業もあるかもしれませんが、その結果として中長期的に労働者が活躍できれば、企業にとって大きなプラスになると考えることができます。

最後に3点目は、労働者の「承諾」に関する、少し細かい話です。Xはマネージャーとしての復帰を受け入れた上で、Y社との訴訟に至っているわけですが、「復帰を受け入れた=配置を承諾した=法的に争えなくなる」わけではありません。この点、裁判所は、今回のような配置は原則として許されないものの、例外的に「労働者が自由な意思に基づいて…承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」等は許されると述べています。この「 」の部分は、要するに、労働者が本心から承諾しているときと考えてください。上記の2点目でも述べた話し合いがしっかり行われ、その結果、納得して受け入れたといえるような状況です。本件のように企業の決定を渋々受け入れたというレベルでは、例外が認められる「承諾」があったとはいえないということですね。

労働者の産休・育休中も職場は常に動いているわけで、納得のいく復帰を実現することはもちろん簡単なことではないかもしれません。本件を通して、労働者のキャリアの尊重、そして労使の話し合いが重要であることをあらためて意識していただけたらと思います。

※参考資料
行政の指針では、復帰先として「原職」または「原職相当職」が念頭に置かれています。詳細について興味をお持ちの方は、以下の各指針(厚生労働省Webサイト)をご確認ください。

(2024年2月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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