ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(8)

マタハラの判断ポイントはどこにあるか

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した判例は、C生協病院事件(最一小判平成26・10・23労判1100頁5頁)です。

【テーマ】「マタハラ」をどう判断するか,事件の本質を見極めましょう!

【1.概要】

今回は,「マタハラ(マタニティ・ハラスメント)」事件として報道され関心を集めた最高裁の判決について紹介します。

【2.事案の流れ】

理学療法士のXは,Y協同組合が経営するC病院でリハビリ科等の「副主任」として業務の取りまとめ等を行っていました。妊娠に伴い,Xが労基法65条3項に基づき軽易業務への転換を請求したところ,Yは負担の軽い科への異動を命じるとともに,Xの副主任の地位を免じる措置(降格措置)を行いました。産休及び約10ヶ月間の育児休業を経た職場復帰後も副主任に戻されなかったため,Xは降格措置が男女雇用機会均等法(均等法)に違反すると主張し,副主任としての管理職手当の支払い等を求めて訴訟を提起します。地裁,高裁ともにYが勝訴したため(広島地判平成24・2・23労判1100号18頁,広島高判平成24・7・19労判1100号15頁),Xが上告したのが本件です。

【3.違法であると主張された内容】

Xは,上記の降格措置が,妊娠,出産等を理由とする不利益な取扱いを禁じた均等法9条3項に反する無効なものであると主張しました。なお,訴訟(最高裁の判決)のなかでは「ハラスメント」の語は使われていませんでしたが,報道の際は「マタハラ判決」「マタハラに最高裁が初の判断」といった表現が多く使われました。

【4.裁判所の判断】

最高裁は,女性従業員の妊娠中の軽易業務への転換を契機とする降格措置は,原則として均等法9条3項に違反し無効であるものの,例外として,(1)本人が自由な意思に基づき降格を承諾している場合,(2)①降格を行う業務上の必要性,②軽易業務への転換及び降格によって受ける有利または不利な影響,以上①,②の内容や程度に照らして,降格について均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情がある場合は,均等法違反ではないと判断しました。そして,(1)の承諾があったとは認められないが,(2)の特段の事情の有無についてはさらに検討する必要があるとして,Y勝訴の高裁判決を破棄し,事件を高裁に差戻しました(特段の事情のような具体的事実の有無は最高裁では判断しないことになっているため,差戻された高裁で判断されることになります)。

【5.本判決から学ぶべきこと】

率直に言って,本判決の内容と報道等の内容の間にはズレもあるように思われます。特に次の2点に注意が必要です。

1点目は,最高裁は,今回の降格が違法であると断定したわけではないということです。もちろん,軽易業務への転換を契機とする降格が違法とされるかどうかの判断枠組みが初めて示された点はとても重要で,この枠組みは今後の企業実務で参照されるべきものです(本判決を受けて行政の通達が一部変更されています(平成27・1・23雇児発0123第1号))。しかし,降格=100%違法,ではなく,特段の事情があれば降格は可能(適法)である点に注意が必要でしょう。

2点目は,最高裁が「マタハラ」概念を法的に定義したわけではないということです。何をマタハラと呼ぶかは様々な議論がありえますが,法的に考えるときは,問題とされた行為が何という法律の第何条に違反するのかという視点が必要です(実は「パワハラ(パワーハラスメント)」も同様です。本解説の〔第2回パワハラか否かの認定のポイント〕をご覧ください。この判決は,あくまで今回のような降格が均等法9条3項違反かどうかの判断枠組みを示したものであり,必ずしもマタハラ全般の先例とはいえない点にも注意してください。

以上からすると,本判決を例えば「最高裁が初めてマタハラにNOと言った判例」と位置付けられるかどうかは,なお検討が必要です。今後,多くの解説が公表されるでしょうし,差戻し後,「副主任の地位」や「降格」がもつ具体的な意味について検討が尽くされることで,事件の本質がより明らかになるものと思われます。本判決を実務に活かすためには,そうした今後の情報もチェックしていくことが重要といえるでしょう。

(2015年2月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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