ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(10)

ハラスメント対応では証拠の有無にも注意を!

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、B社ほか事件(福井地判平成26・11・28労判1110頁34頁)です。

【テーマ】手帳やノートも大事な「証拠」となります!!

【1.概要】

今回は,高卒の新入社員が上司のパワハラ(パワーハラスメント)によって自殺に至った事件について紹介します。裁判所がパワハラ行為の有無を判断するにあたり,この社員が自分の手帳やノートに書いていた内容が「証拠」として意味を持った点が注目されます。

【2.事案の流れ】

Aは平成22年3月に高校を卒業し,同年4月に消防設備の保守点検等を業とするY1社に入社しますが,直属の上司Y2は,Aの覚えが悪く,仕事上の失敗も多いとして,自分が注意したことは必ず手帳に書いてノートに書き写すようAに指導していました。AはY2から下記3の発言を受ける中で精神的に追い詰められ,平成22年12月に自殺しました。Aの父Xは,Aの自殺は上司Y2,Y3によるパワハラとY1社による過重な心理的負担を強いる業務体制が原因であるとして,Y1社,Y2,Y3に損害賠償を求めました。

【3.ハラスメント行為(パワハラ行為)】

AはY2から受けた指導内容や言われた言葉を手帳やノートに書いていました。その内容は多岐にわたり,Aの自問自答と思われる部分も含まれていますが,Y2から繰り返し叱責されるとともに,辞めてしまえ,死んでしまえといった言葉も掛けられていたことが書かれています。例えば,「学ぶ気持ちはあるのか,いつまで新人気分」「わがまま」「申し訳ない気持ちがあれば変わっているはず」「人の話をきかずに行動,動くのがのろい」「相手するだけ時間の無駄」「指示が全く聞けない,そんなことを直さないで信用できるか。」「何で自分が怒られているのかすら分かっていない」「反省しているふりをしているだけ」「いつまでも甘甘,学生気分はさっさと捨てろ」「死んでしまえばいい」「辞めればいい」「今日使った無駄な時間を返してくれ」といった言葉(またはこれに類する言葉)が投げ掛けられたことが,裁判所によって認定されています。

【4.裁判所の判断】

Aの手帳(ノート)は,自問自答の部分を含み不明瞭な部分があるとはいえ,その記載内容によるとY2に上記3のような発言があったことが認められ,こうした発言を否定するY2の供述は信用できないとしました。そして,これらの発言は,仕事上のミスに対する叱責の域を超えて,Aの人格を否定し,威迫するものであり,経験豊かな上司から入社後1年にも満たない社員に発せられたことを考えると典型的なパワハラといわざるを得ないと判断しました(なお,Y3によるパワハラは否定されました)。結論として,Aはパワハラが原因でうつ病を発症し自殺に至ったものであるとして,Y2の不法行為責任(民法709条),Y2の雇用主としてのY1社の使用者責任(民法715条)を肯定し,Y1社,Y2に連帯して総額約7,261万円を支払うことを命じました。

【5.本判決から学ぶべきこと】

本判決は,新入社員に対する言葉によるパワハラである点,人格を否定するような発言がなされた点など,まさに典型的なパワハラの事案といえます。類似の事案の発生を防ぐためにも,ぜひ参考にしていただければと思います。
また,本連載でも何度か指摘しているように,ハラスメント行為は一対一(他に目撃者等がいない)で行われることも多く,行為の有無を判断,認定することが困難な場合も少なくありません。本判決では被害者Aの手帳(ノート)の記述が有力な証拠となり,Y2によるパワハラ発言が確かにあったことが認定されるに至りました。このように,訴訟においては「ある事実が存在することを証明できるかどうか」がポイントとなり,証拠がないために本来勝てるはずの側が負けるということも起こり得ます。証拠となり得るものは,正式な社内文書や目撃者(証人)の証言だけでなく,手帳,日記,メール,SNS,ICレコーダーによる録音など様々です。トラブルに対応する際は,当事者が持つ証拠の有無・内容にも注意を払うことが重要だといえるでしょう。

(2015年11月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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