社外相談窓口

ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(24)

国・伊賀労基署長(東罐ロジテック)事件

難解な判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による職場におけるハラスメントに関する判例解説です。
これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説

大阪地判平成30・10・24労判1207号72頁

【テーマ】年齢差や体格差,知らず知らずに威圧感を与えているかもしれません。

1.概要

今回は,上司の言動で適応障害等を発症したことが労働災害(労災)に当たると判断された事例を紹介します。裁判所が上司と部下の年齢差や体格差に言及した点も参考になります。
なお,労災の基本的な枠組みについては,ぜひ本解説の第20回(国・さいたま労基署長〔ビジュアルビジョン〕事件)をご覧ください。

2.事案の流れ

平成22年7月,Xは運送業等を営むY社と労働契約を締結し,A出張所に配属されました。A出張所はY社のグループ会社のB事務所の中に設置されており,事務所内には他のグループ会社に勤務する社員もいましたが,Y社の出張所としての人員はXと上司のCのみでした。平成23年6月頃,Xは適応障害を発症し,同年8月に別の営業所へ異動しますが,うつ病エピソードという病名に移行し,平成25年1月には心的外傷後ストレス障害(PTSD)等と診断され,以後,欠勤するに至ります。これらの発病と欠勤はCのパワハラが原因であり,労災に当たるとして,Xは労働基準監督署の署長(労基署長)宛てに療養補償と休業補償の給付を求める手続を行います。ところが労災と認められず給付は不支給とされたため,Xが不支給処分の取消しを求めて訴訟を提起しました。

3.ハラスメント行為

Xの上司Cが,Xに対し業務上の指導をほとんどしないまま,しかも,Xの仕事ぶりに大きな問題はなかったにもかかわらず,ほぼ毎日のように,「こんなこともできないのか。」「やる気がないなら帰れ。」などと怒鳴っていたことが事実として認定されています。なお,こうしたCの言動は,かつてCの部下であり,その後グループ会社に転籍しB事務所内で勤務していたDの証言から裏付けられました。

4.裁判所の判断

まず,労働者の精神疾患(精神障害)を業務上のものとして労災保険給付の対象とするためには,その労働者と同程度の年齢,経験を有する同種の労働者であって,日常業務を支障なく行える,いわゆる「平均的労働者」を基準として,業務による心理的な負荷が精神障害を発病させる程度に強度といえることが必要としました(なお,こうした判断枠組みの背景には,環境に由来する「ストレス」と個人の「脆弱性」を総合考慮するという考え方があり,その考え方のことを「ストレス-脆弱性理論」と呼んでいます)。そして,その判断に当たっては,厚生労働省の認定基準「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23・12・26基発1226第1号)を参考にしつつ,個別具体的な事情を総合的に考慮すべきであるとしました。
具体的な判断については,まず,上記3のCの言動は発病前おおむね6か月前の出来事であり,業務指導の範囲を逸脱し,執拗に行われていたものであって,上記認定基準の「業務による心理的負荷評価表」で心理的負荷の強度が最高ランクのⅢである「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」に該当するとしました。そして,XとCの年齢差が約20歳(Xが24,5歳,Cが45歳),体格差はCの身長がXより約20㎝高く,体重がXの約2倍であったことなども総合的に勘案すると,Cの言動による心理的負荷は客観的に見て精神障害を発病させるおそれがある程度に強度であったとして労災と認め,不支給処分を取り消しました。

5.本判決から学ぶべきこと

精神疾患の事例で労災認定が求められた場合,労基署においては上記4に出てくる「認定基準」に沿って判断が行われます。もちろん裁判所も認定基準を参考にはしますが,この基準が行政内部のものであって厳密には裁判所を拘束する力を持っていないことが,労基署(労基署長)と裁判所で判断が分かれる1つの理由といえます。
なお,認定基準の「業務による心理的負荷評価表」は,パワハラ防止措置の法制化を受けて,2020年6月1日から改正されました。同表は具体的な出来事を挙げて,それがどの程度の負荷をもたらすのか,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ(弱→強)とランク付けしていますが,出来事としてパワハラ(「上司等から,身体的攻撃,精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」。強度はⅢ)の追加などが行われました。こうした改正情報にも注意が必要ですね。
具体的な事例としては,上司Cの言動が典型的なパワハラに当たるのは当然として,裁判所がXとCの年齢差や体格差にも言及した点が興味深いです。確かに身長が20㎝も違うと,たとえ同じ言葉を言われても,威圧感など,言われた側の印象は大きく異なるでしょう。言動の中身が重要なことは言うまでもありませんが,こうした体格差なども,パワハラか否かの認定・判断の際に意味を持つ場合があることを覚えておくとよいでしょう。
また,Xがパワハラを受けていた職場は,Cと2人きりの出張所でした。このような環境ではハラスメントが発生しやすい面がありそうですし,Dの証言で事実を明らかにできたものの,そうした証言(つまり証拠)がなければ,事実調査さえ困難かもしれません。結果としてXは出張所を離れた後も長く精神疾患に苦しむことになりました。小規模な職場における人事配置にはいっそうの注意が必要であることも,あらためて確認しておきたいですね。

(2020年7月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法のわかりやすい入門書(単著)として原 昌登『コンパクト労働法』(新世社、2014年)。ほか、共著として水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版)』(有斐閣、2017年)など多数。

論文(単著)

「職場のパワーハラスメント防止対策の選択肢と意義」労務事情2018年6月1日号34頁
「パワハラ対策の意義と課題」成蹊法学88号(2018年)282頁など多数。

その他の記事

お電話でのお問い合わせ

平日受付時間 10:00-17:00

メールでのお問い合わせ

top