ハラスメント・インサイト中小の対策が遅れている原因 「機動力」が最大の武器 人事異動による対応困難

中小の対策が遅れている原因 「機動力」が最大の武器 人事異動による対応困難

この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。

こじれると修復困難

令和2年に厚生労働省が行った「職場のハラスメント実態調査」によると、企業規模別でみたハラスメント予防・解決のために実施している取組みは、企業規模が小さくなるほど実施が進んでいない様子が分かる。
各種の取組みのなかでも、従業員1000人以上の大企業と一番差が開いているのは、問題が起こった際の相談対応の部分である。「窓口担当者が相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにするための対応」は1000人以上の企業は7割以上が実施しているのに対し、300〜999人は5割程度、100〜299人は3程度、99人以下は2割程度に留まっている。
2年前の調査結果であり、今月から中小企業にもパワハラ防止法が施行されたことで、おそらく相談窓口の設置と従業員への周知はもっと進んでいるのではないかと思われる。しかし、実際に問題が起こった際に「適切に」対応できるのか、「プライバシーの保護」「不利益取扱いの禁止の周知」が進んでいるかどうかは懸念が残る。なぜなら、中小企業で問題が起き、調査を実施する際、中立的な立場に立って事実調査ができる人材を社内で確保することは、現実的に難しいからだ。

代替人材は存在せず

中小企業に限らず、大企業のグループ子会社や小規模の営業拠点、事業所などの少人数の職場では、ひとたび問題が起こると双方の感情がこじれてしまい、顔を合わせるのも困難になってしまうことが少なくない。ハラスメント問題によって人間関係が悪化すると、当事者同士を引き離す措置が必要となる。大企業では当事者の異動が問題解決の選択肢となり得るが、中小企業ではそうはいかない。問題発生は当事者の退職に直結することから、それを恐れて根本的な問題解決に踏み込まないようにしている現状が、この調査結果からもうかがえる。
とくに、中小企業におけるハラスメント行為者は、創業以来事業に携わるキーパーソンであることが多く、被害を訴えても無駄だという諦めも相まって問題が放置されやすい。ハラスメント問題の発生そのものが、中小企業にとって企業存続にかかわるのだ
しかし、前回も触れたようにハラスメント問題に対する会社の及び腰の態度は、企業経営に大きな打撃を与える時代になった。SNSによる情報拡散を誰でも行うことができる現代では、会社がハラスメント問題を放置したり、真剣に取り組まなかったりした場合には、その悪評があっという間に拡散し、人材の確保や取引きにも悪影響を与えてしまう。
ある企業の地方拠点で起こった事例がある。他から異動してきた所長がハラスメント体質で、いつも怒鳴り散らすような指導をしており、部下がどんどん辞めてしまった。最初のうちは求人すれば応募があったが、いつの間にか応募が全くなくなってしまった。原因を調べると、その地域で「あの会社にはひどいパワハラがあるから行かないほうが良い」と、有名になっていたというのだ。ハラスメント問題が注目を浴びるようになったことで、地元でこのような噂が広まるのも珍しくなくなった。さらに、SNS上で一度拡散してしまうと削除は難しく、悪評が延々と語り継がれることになる。
このような形で退職者や従業員が企業情報を拡散することの是非はもちろんある。しかし、それを声高に訴えたところで、ハラスメント問題を放置したという事実があれば、少子高齢化の影響で人材不足が深刻になった昨今において、失った人材を呼び戻すことはもちろん、新たな人材を確保することもできないだろう。
「お前の代わりはいくらでもいるんだ」という時代はもう終わったということを、とくに中小企業のトップ層や管理職は強く自覚する必要がある。

予防対策が生命線に

職場では、仕事の仕方や考え方の違い、価値観や立場、認識している状況の違いで、さまざまなズレが起こるものだ。そのちょっとしたズレが大きくなると相手への信頼が揺らいだり、不満や不安が大きくなったりする。この感情が増大することで「ハラスメントではないか?」という訴えに発展する。大切なのは、ハラスメントという訴えになる前に問題に対処するということ。それは、「どうもあの人とはうまくいかない」という悩みや、「あんな言い方はないよ」という不満の段階で、芽を摘むことを意味する。
近年話題になった「コンフリクト・マネジメント」によると、職場で何かしらのコンフリクト(対立)が起こった際、それが感情の問題であった際には、人は合理的な判断ができないそうである。しかし、たとえコンフリクトがあったとしても、仕事上で肯定的な感情を貯蔵していると、それに対処することができる。職場で優れた成果を出すチームの肯定感情と否定感情のバランスは4:1。職場に100%満足することはできなくても、否定感情=不安や不満を早めに解消できれば、ハラスメント問題を予防できる。日頃から、なんでもない雑談をする中でお互いの業務をねぎらい、気を配る関係を作っておき、肯定感情を増やしておけば、職場で起こるさまざまな問題にも、柔軟に対応できるのだ(以上、『コンフリクト・マネジメントの教科書』〈東洋経済新報社、2020年〉を参照)。これは、ハラスメント予防だけでなく、トラブル対応や業務改善、新しいサービスの開拓にも役に立つ。
従業員100人未満のある企業では、若手社員が中心になってさまざまなイベントを企画し、それを社長以下全員で準備から実施、片付けまで行うことで、階層を超えた雑談の機会を増やし、誰とでも会話ができるような職場づくりをしている。このような工夫ができるのは中小企業のメリットで、大企業では人数が多すぎて当事者意識を持つのが難しいところを、少数精鋭の中小企業はみんなで知恵を出し合って進めることが可能だ。
このように、中小企業ではハラスメント予防が一番のカギになる。法律に基づいた措置を実施することはもちろん、その手前の日頃のやり取りのなかで、お互いの小さな変化に気付き声を掛け合える風土づくりが必要となる。そして、それは人事労務担当者が一人で行うことではなく、トップ層から現場のメンバーまで、いろんな人を巻き込んで進めていく仕掛けが重要である。
ハラスメント対策が難しいといわれがちな中小企業だが、大企業にはない機動力と浸透の速さをプラス要素と考えれば、自社に合った対策をどんどん実施していけるだろう。

労働新聞 第3349号 令和4年(2022年)4月18日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉

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