ハラスメント・インサイトVUCA時代の管理者研修 許容が成長につながる 人と向き合う時間作りを

VUCA時代の管理者研修 許容が成長につながる 人と向き合う時間作りを

この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。

不安をマネジメント

世界情勢が混迷を極める現代において、ビジネスにおいてもさらなる変革が求められている。その象徴として使われるのが「VUCA」というキーワードである。VUCAとは、世界経済や気候の変動が激しく(V)、これまでの経験を生かせるかどうか不確実で(U)、顧客や取引先との利害関係も複雑で(C)、商品やサービスが思いがけず大成功するような曖昧性(A)を指している。

経営者には、ビジネスを通じて利益を上げ、事業を継続させる責任があるが、これまでの定石が通用しないVUCA時代では、従来と同じ商品やサービスを提供していても、成功するとは限らないということを自覚する必要がある。しかし、そう簡単に新たなビジネスの種はみつからない。このような先行きが不透明な状況は、人々を不安にさせる。これらの不安を回避する方法として、リスクの高い新たなチャレンジを回避したり、ルールを作って失敗を予防しようとしたりすると、結果的に市場の変化から取り残されてしまう。これまでのやり方に固執してもうまくいかず、叱咤激励という名目で部下を怒鳴ればパワハラを誘発する。

このような状況の打開には、経営陣や上司自身の「不安のマネジメント」が必要だと考えている。VUCAからくる不安に対しては、自分の考えや価値観だけで乗り切ろうとしても限界があるので、部下や身近なメンバーの力を借りなければならない。顧客のニーズの変化、新しいアイデア、現状の業務の問題点は、現場の従業員が一番良く知っている。これまでのやり方を一旦わきに置いて、従来業務の問題点や失敗、間違いを指摘してもらったり、知らなかったことを教えてもらうことが大切だ。第8回「リーダーシップ形態による違い」で紹介した「謙虚なリーダーシップ」を身に着け、異論反論を歓迎し、失敗や間違いを許容する職場環境作りを通して、従業員の英知を集めることで、新しい方法やサービスの実現につなげることができれば、このVUCA時代も前向きに乗り切っていけるだろう。これからの時代を担う管理職への研修では、ハラスメント予防に加えて、部下の意見や考えをどうビジネスに取り入れていくか、部下とどのように向き合って育成し企業成長につなげるのか、という視点が不可欠になるだろう。

不得手も自分の一部

しかし、「謙虚なリーダーシップ」を研修で身に着けるのには、大きな壁がある。まずは自分の失敗や間違い、無知を認め、素直に部下や後輩から教えを乞う、ということができるのだろうか?これは、これまでの管理職のイメージとは真逆ともいえるアプローチで、いうほど簡単にはできないと感じる人も多いだろう。

そのプライドの壁は、いったい何のために必要なのか自分自身に問いかけたことがあるだろうか。無知を認めてしまうのは恥ずかしいと感じたり、絶対に間違えてはいけないと自分にプレッシャーをかけていたり、失敗するのはダメな人間だと烙印を押していたり。そうやって自分の弱さやダメさに蓋をすることで、自分を守っていることもある。しかし、この思いが強すぎると自分をさらに追いつめてしまう。パワハラ行為を行った人に共通する特徴として、自分自身の感情に蓋をして辛さや苦しみを感じないようにしていることが多い。それゆえに他者の感情の痛みにも鈍感になってパワハラ行為のダメージに気付かない、というからくりだ。つまり、自分のプライドを守ろうと必死になって強がっていることが、かえって自分を傷付けてしまっているということになる。パワハラ行為者と面談すると、会社のために必死になって強い上司を演じていたという人も多い。感情に蓋をすると、そういう自分にも気づかないのだ。

人間は、誰にでも弱み・強みや、得手・不得手がある。良いところに注目するのは大いに結構だが、弱くてダメな部分を「ないことにする」と、さまざまな歪みが出てしまう。否定することなく弱みや不得手なもの、あるいは仕事以外での自分自身の役割なども、大切な自分の一部として包括してはどうだろうか。そのために私たちが推奨しているのが「インナーダイバーシティ®」という概念である。間違いや失敗、無知も自分の一部として認め、自分自身の内面にある多様性を受け入れて大切にできれば、周囲のメンバーの失敗や間違いも受け入れられるようになる。仕事以外の大切な時間や空間があることに気付けば、多様な働き方への理解も深まっていく。そもそも職場とは多様な個人の集まりで、自分が自分らしくあることが差別化になることに気付けば、VUCAへの不安も希望となる。そのような気付きを得るためには、スキル中心で短時間の教育研修では不十分だ。私たちは、安心してじっくりとディスカッションできるような時間を確保しながら、段階を踏んで自身のマネジメントスタイルを見直すようなプログラムを提供したいと考え、模索中だ。弊社もVUCAにチャレンジし続けている。

私たちは今、便利で快適な生活を求めてIT化やAI化を受け入れているが、これらを駆使した生活は情報過多と過剰なスピードアップをもたらした。便利さの代償は疲弊となって、私たちをさらに追いつめている。世界中から集まる情報の荒波とスピードに対応できるほど、私たちの心身は進化していない。DXの仕掛人たるGAFAMをはじめとする世界のIT系大企業が、座禅やロハス生活を勧めていることが象徴的だ。だからこそ、じっくりと何かを向き合う時間と空間を作ることが大事になっている。今こそ、インナーダイバーシティ®とじっくり向き合う時間を作り、人と人とのつながりを大事にする時ではないだろうか。

中小こそ躍進可能に

そして、このようなリーダーシップの方向転換は、中小企業よりも大企業のほうが難しく、時間もかかる。大企業ほど、これまでの成功体験に紐づいた価値観や手法が神格化されやすく、従来通りのマネジメント法から脱却する必要性が薄いからだ。さらに、少子高齢化からくる人材不足にも無頓着な傾向がある。トップ層には危機感があっても、中間管理職には自分ごととして伝わらず、とくにベテラン管理職層の意識改革には頭を悩ませていることが多い。

今こそ、機動力のある中小企業からVUCA時代のマネジメントを実践して、新たなビジネスチャンスをつかんではどうだろうか。経営陣が率先して行えば組織への浸透も早く、従業員のやる気を引き出して魅力ある会社づくりにも貢献できる。新たな人材確保や後継者の育成にも寄与するだろう。VUCAの時代は、中小企業こそ躍進ができる時代かもしれない。

労働新聞 第3356号 令和4年(2022年)6月13日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉

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