ハラスメント・インサイト人的資本経営 投資家も「人材」に注目 育成が持続可能性を作る

人的資本経営 投資家も「人材」に注目 育成が持続可能性を作る

この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。

ISOが指針を公表

先行き不透明なVUCA時代には、従業員の個の力を生かした経営がますます求められるようになるが、近年では投資家もそれらに注目している。頻繁に耳にするようになった「人的資本経営」と、その指標となる「ISO30414」は、これからの経営を支える中心的な概念となっていくだろう。

人的資本とは、企業価値を評価する有形資産(工場や設備投資)と無形資産(研究開発やアイディア、ブランド価値、サプライチェーンなど)のうち、無形資産の時価総額の状態を示す1つの項目を指す。昨今主流となっているESG投資のなかでも、とくにS(社会)とG(ガバナンス)と関連性が高い項目に関する取組み状況を開示するよう、世界各国で義務付けられるようになった。その指標となっているのが、2018年にISOが公表したISO30414で、「情報開示のガイドライン」として人的資本に関する11領域と58指標を定めている(表)。これらのなかには、ハラスメントなどのコンプライアンス問題のリスクの有無も含まれている。

日本でも、経産省が人的資本経営に関する調査や検討会などを実施しており、20年度に公表された「人材版伊藤レポート」には「人材は『管理』の対象ではなく、その価値が伸び縮みする『資本』なのである。 企業側が適切な機会や環境を提供すれば人材価値は上昇し、放置すれば価値が縮減してしまう。人材の潜在力を見出し、活かし、育成することが、今まさに求められている」と記されている。投資家は短期的なIR情報よりも、長期的に「人」を大切にする企業かどうかを見極める時代になった。人材育成を経営の中核に据え、長期的な視点をもって育成することは、企業の存続を担保することになるのだ。

これは、上場企業だけが人的資本経営をすれば良いという話ではない。SDGs(持続可能な開発目標)の取組みでも、サプライチェーンにおける人権問題は人権デューデリジェンスの視点で厳しくチェックされるようになった。大手企業と取引きしている中小企業も、今後はこうした視点からも選別されていく。世界中の企業が「人」を大切にする経営を実践し始めたら、セクハラやパワハラなどの人権問題が起こるような企業は資金も人も集まらず、やがて淘汰されてしまうだろう。

一方で、目先の売上目標の達成や人員確保に精いっぱいで、人材育成にまでとても手が回らないという声も聞こえる。かつて管理職研修で、「こんな多忙な状態でどうやって人材育成の時間をとれば良いのか?」という質問を受けたことがある。忙しいのにこれ以上業務を増やせない、という意味らしい。管理者としての業務のなかで「部下の育成」という項目のプライオリティが低く、そのような視点を持たない人には、あたかも新たな業務が追加されるかのような印象になってしまうのだろう。
人材育成は、通常業務の場面に織り込まれてこそ効果を発揮する。うまくいかない作業の改善策を発案させて任せたり、失敗したときに責め立てるのではなく再発防止策を共に考えたり、うまくできたら喜びを共有し褒めたりすることこそが人材育成だ。「謙虚なリーダーシップ」の実践はハラスメントを予防し、育成にも役に立つ。これらを日々実践、継続していくことが、人的資本経営につながるのだ。

また、経営陣が短期的な売上目標や財務諸表の推移ばかりに目を向け、目先の売上ダウンを挽回することばかりを重要視し視野狭窄が起こっていると、無理な目標設定を強いて部下の尊厳を傷付けるような言動をしてしまうことがあるのではないだろうか。SDGsの基本は「持続可能」であることだ。これからの時代は、事業の拡大や設備投資よりも、従業員一人ひとりに合わせた目標設定と人材育成の実践こそが、企業経営の中核をなすということを再認識してほしい。

排除しないチームを

とはいえ、人が集まれば意見の相違やぶつかり合いは起こるものだ。管理者がいくら部下を尊重しようと働きかけても、部下同士の軋轢でトラブルが起こることもある。放任型上司がこれに介入しないことでパワハラを誘発することは以前にも触れたが、部下同士のトラブルが深刻になる前にできることがないか考えたい。

ハラスメント問題は、周りとはちょっと違う行動や考え方をする人を排除、攻撃することから始まる。同調圧力の強い日本はとくにその傾向が強く、異質な人を除け者にすることで、多数派であることの安心感を得ている人もいるだろう。しかし、これからの時代は異質こそ新ビジネスへの手がかりとなるだけに、誰かを排除するようなチームは企業を弱体化させることになる。

残念なことに、出会ったすべての人と理解しあえるわけではない。先日とある高校で聞いたエピソードが心に残っている。卒業間際の生徒が「自分は、意見の違う人と話し合うことで理解しあえると思っていたが、それは違った。意見が違って理解しあえない人とも、どうにか一緒にやっていかなきゃいけないんだと、この学校で学んだ」と先生に語ったという。18歳の若者が気付いたこの現実は、社会人としての経験を積んだ私たちこそ、職場で実践しなければならないのではないだろうか。

大切なのは「誰も排除しないこと」だ。これはGoogleなどで実践されている心理的安全性の高いチームづくりの一要素で、他の人と違う意見をいったり、仕事でミスをしてもチームから排除されないことが、能力発揮につながることが分かっている。会議などで異なる意見が出た時に、「自分が正しい=相手が間違っている」という議論に持ち込むのではなく、「自分と相手は意見が違う」というありのままの状況を一旦共有しよう。そうすることで、「あの人はダメな人」などのレッテル貼りを抑止する効果がある。そのうえで、今目標に向かって必要なことは何か、メンバー全員で考えるように促すことで、具体的な解決策につなげていけるチームを作っていこう。

労働新聞 第3357号 令和4年(2022年)6月20日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉

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