ハラスメント対策最前線職場のダイバーシティ(1)

パーソナルスペースとハラスメント

相手が誰だか分からなかったり、向こうが自分に気がつかないと分かっているときは、その人のことがほとんど気にならないのに、その人が近くにやってきたりすると途端に気持ちが落ち着かなくなることがありませんか?このように、近くにいる他人が気になるのは、自分自身の占有空間の中に他人が侵入してくるからであるとして、一人一人が自ら有している、自分の周りに形成されている、目で見ることのできない空間領域を「パーソナル・スペース」(personal-space 個人空間)と呼んで、アメリカの文化人類学者であるエドワード・ホールが、人間活動分析の手法を提唱しています(1966年『かくれた次元』みすず書房)。

一般に人は、自分のパーソナル・スペースが保障されているときは快適に感じ、逆にその空間に他人が侵入すると不快に感じるものであり、多くの人々は、このようなパーソナル・スペースを暗黙の緩衝材として利用することによって、他人とのコミュニケーションを図り、社会生活をできるだけ円満にしようと心がけていると言えるでしょう。ホールはこのようなパーソナル・スペースを、①恋人や家族など、親密な関係にしか維持できない空間=「密接距離」(0~45cm)、②親しい友人や個人的な関心事について話し合うことの出来る人との間で維持できる空間=「個体距離」(45cm~1m)、③仕事上などの非個人的な関係で形成される空間=「社会距離」(1~3.5m)、④個人的関係が希薄な人々との間で成立する空間=「公共距離」(3.5m以上)に分類しています。

図表 パーソナル・スペース
言うまでもなくこのような「距離」や「空間」は、人の個性や人々が暮らす文化、社会によって大きく異なるだけでなく、日常生活においても、例えば仲の良い人や気心の知れた人同士が近付いて楽しそうに話し合ったり、また年長者や親しくない人には距離をとりがちとなるものであり、とりわけわが国のように「共同体意識」の強い企業文化においては、①~④の距離、空間はより密着したものとなることでしょう。

上司と部下でパーソナル・スペースの使い方において、上司は部下に対して親密さを表現するために接近することができるものの、部下は反対に上司に対して自由に接近することができず、この関係が真逆に表われることが知られており、ハラスメントのキーマンである「管理職」が、部下を「指導」したりミスを「叱責」する際も(「叱責」がしばしば①の空間で行われ、それが「パワハラ(パワーハラスメント)」に結びつくことになります)、このようなパーソナル・スペースの役割と機能を理解した上で行うことが求められていると言えるでしょう。

(2016年4月)



プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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