ハラスメント対策最前線コロナパンデミック・DX時代の雇用と法律問題(4)

コロナ禍でも秩序を保つ「タテ」社会の構造

Qコロナ禍・DX時代に入り、上司・部下といった上下関係はどのような影響を受けているのでしょう?特に上司は部下の仕事を全部管理していないと気が済まないとか、部下は何でも上司に尋ねないと仕事ができないといった依存関係にある職場で、このような傾向が顕著なように思われます。
A「タテ」社会に特徴的な上司・部下の関係を反映したものと言えるでしょう。

1.日本はどんな「社会構造」の国か?

Qは、実は日本の「社会構造」に関するものです。一般に個人と個人、個人と集団などの関係を律する基本原理について、社会人類学は、社会(又は文化)を構成する要素の中で最も変わりにくい部分として、「社会構造」と呼んでいます。20世紀後半から21世紀に入り、会社や家族、ジェンダーなど種々の変化が指摘されていますが、依然として会社の上司・部下の関係や家族の中での夫婦や親子の関係など、一見すると外部から見えず、しかも個人の生活にとって最も重要なあり方は、それほど変化していないと思われます。

2.日本の社会は「タテ」社会?

このテーマについて、今日までさまざまな議論がなされてきましたが、1967年中根千枝さんが、日本社会の構造を「タテ社会」と分析した『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書)は、人々に強いインパクトを与え現在まで約120万部のロングセラーとなり、世界各国でも翻訳されています。中根さんによると、社会を構成する要因には、「資格」(学歴、地位、職業など)と「場」(会社、学校、家庭など)の2つがあり、どちらが優位になるかはその社会集団の有り様や人間関係によって大きく異なるとし、日本は資格や能力などによる「ヨコ」のつながりではなく、会社や学校など集団内の序列という「タテ」の関係によって規定された社会だ、と説明したのです。
会社などのように一定の枠によって集団を形成している「場」では、枠内が人々の生活の全てになり、したがって枠の「ウチ」と「ソト」で社会が分かれ、枠内では能力よりも秩序が求められ、意見の発表でさえ序列があり、同僚同士のヨコの連帯意識は低調で、上司、部下の「タテ」で極めて強い関係が形成されています。それに加えて枠内の人間関係は「契約」に基づく目的達成よりは、いわば「和」をもって尊しとなすことから、論理よりも感情優先のウェットな人間関係が尊重され、今日問題とされている人権・人格無視のハラスメントやDVの一因となっているのかも知れません。

3.「タテ」社会における序列

「タテ」社会では、枠内での秩序が求められ、人間関係の強弱は枠内に「滞在」している長さに比例しがちで、企業に根強い年功序列制の人事制度もここにあるのです。例えば「新入り」がヒエラルキーの最下層に位置付けられているのは、秩序内での「滞在」期間が最短のためであり、近年増加したと言われる転職も、その大部分が入社2~3年内の若年労働者に集中しているのを見れば明らかでしょう。このような「タテ」社会における序列意識は、特にわが国のような「企業社会」ではより一層強いものとなっています。
したがって、Qにあるような数年に亘るコロナ禍で、インターネットによるオンライン会議を媒介としたDXが進展し、在宅勤務が促進されたからといって、会社内での上司-部下の強硬な結びつきは急変することなく継続し、依然としてウェットな人間関係が今後も中核をしめる可能性が高いと思われます(今回はコロナ禍・DX時代の仕事に関してやや違った観点から述べてみました。次回はより詳しく見てみましょう)。

(2023年2月)

プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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