ハラスメント対策最前線コロナパンデミック・DX時代の雇用と法律問題(6)

つながらない権利

Q近年、DXの導入により、仕事の効率化を図り、労働生産性を向上させるために、仕事をする場所、時間も、会社や自宅、喫茶店などあらゆるところで、スピーディにできることが推奨されているようですが、本当に生産性は向上するのでしょうか。DXがもたらす仕事への影響について教えて下さい。
ADXの導入に際しては、「つながらない権利」を考える必要があります。

1.「つながらない権利」(=The right to disconnect)

「つながらない権利」とは、勤務時間外や休日に、仕事上のメールや電話への対応を拒否する権利のことです。給料の発生しない勤務時間外に業務から離れることは当然のようにおもわれますが、過剰サービスが当然とされている日本では、従来から営業やエンジニアなどの職種では、何らかのトラブルがあれば業務時間外でも、電話、メールでの対応が(「暗黙」もしくは「当然」のように)期待されてきていました。またコロナパンデミックにより、テレワークが定着して在宅勤務が普及した結果、しばしば「公私」の区別/線引きが曖昧になる中で、勤務と「つながっている時間」が長くなり、その反面として「つながらない権利」の重要性が浮かび上がってきたのです。

2.2007年iPhoneの普及

2007年アップル社が開発したiPhone(わが国では2008年頃から普及)は、私達のワークスタイルにいわば「革命」をもたらすと共に、この問題の重要性を明らかにしてきました。iPhoneの普及は、いつでもどこでも仕事ができ、報告のためわざわざ帰社することなく、従業員には大きなメリットをもたらした反面、会社や得意先からの、帰宅直後や場合によっては休日や就寝直前のメールや電話への対応を余儀なくされ(私達もしばしば就寝直前の私的なメールや電話によって、ストレスから安眠妨害のみならず翌日にも尾を引くことはよく経験するところです)、結果として労働強化となり、仕事のオン/オフの区別がつかない事態が発生してきているのです。

3.長時間労働による健康リスク

仕事のオン/オフの区別がつかない事態は、今や世界的なもので、とりわけiPhone等のDXの進展は、世界的規模で長時間労働による健康リスクが問題となっているのです。ILO(国際労働機関)やWHO(世界保健機関)の共同調査では、全人口の約10%が少なくとも週55時間以上働き、虚血性心疾患あるいは脳卒中で毎年80万人が死亡していると推計されています。
これに対する法規制は、従来仕事の「オン」の「量」を守る規制(=労働時間の上限規制。わが国の場合、週40時間・1日8時間とされています。労基法32条)が中心でしたが、近年「オフ」の規制の重要性が認識されるようになり、具体的には「勤務間インターバル(=勤務と勤務間の連続休息時間の規制。1日24時間につき最低連続11時間の休息、7日毎に最低24時間の休息日)が求められるようになってきています。

4.オフの「量」と「質」を守る規制の必要性

2017年1月から施行されたフランスの労働法典では、従業員50人以上の企業では、勤務時間外の従業員の完全ログオフ権(メールなどのアクセスを遮断する権利)を定款や規制に明言することとされ、これによって労使双方で協議のうえ、「つながらない権利」について合意することが求められています。これを受けて各国では「つながらない権利」の法制化が進んでいます。

5.「つながらない権利」を確保するために

日本では未だにこのような権利は法規制がされていませんが、世界の動きに応じて、労使双方で「つながらない権利」を実現する動きが徐々に広がっています。例えばJ&Jは、午後10時以降と休日の社内メールのやり取りを禁止し、三菱ふそうは、長期休暇中のメール等の受信拒否・削除システムを導入し、イグナイトアイでは、深夜、土、日の仕事に関する電話・メールを禁止すると共に、取引先にもその旨通知する等しています。近年増加しているカスタマー・ハラスメント対策にとっても、このような対応は有益なものといえます。
今後、使用者、労働者双方において、安全配慮義務を基本にして「つながらない権利」確保の方策を検討する時期に来ているといえます。

(2023年11月)

プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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