ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(1)

日本におけるハラスメントの実態と被害者の特徴

日本におけるハラスメントの実態

ハラスメント調査というものを、皆さんも様々なところで目にしたことがあると思います。ただ、対象者が企業に勤める従業員だけであったり公務員だけであったり組合員だけであったりするなど、何かしら偏りがあることが多く、日本の労働者全体でどのくらいの人がハラスメントにあっているのかは、実は正確にはわかっていませんでした。

そこで我々の調査では、全国の住民の正確な縮図となるよう、市区町村(①政令市及び特区、②人口20万人以上の市、③人口20万人未満の市町村)と地域ブロック(北海道、東北、関東、甲信越、北陸、東海、近畿、中国、九州)を考慮して、人口に比例した合計100地点を無作為抽出し(ランダム・サンプリングと言います)、さらに当該市区町村の住民基本台帳から1地点につき対象者を50名抽出し、回答を依頼しました。無作為に調査対象者を選ぶことで、最終的な回答者人数が少なくても、日本における労働者人口における状況を統計的に正確に推測できることが最大のメリットです。

<二段階無作為抽出の方法>

調査の結果、労働者の6.1%が過去30日間に職場でハラスメント(いじめ・パワハラ・セクハラ含む)を受けており、14.8%が職場でハラスメントがあると認識していることがわかりました。これは、労働者の17人に1人が過去30日間に職場でハラスメントを経験し、7人に1人が職場でハラスメントが存在すると回答したという計算になります。日本の雇用者数は約6,000万人なので、その6.1%とすると全国で約360万人の従業員がハラスメントにあっていると言う計算になります。これは、都道府県別人口で第10位の静岡県の人口とほぼ一緒の数です。

ハラスメント被害者の特徴

では、どのような人が職場でハラスメントを受けているのでしょうか?今回の調査から、若年者(29歳以下)、高卒未満、世帯収入250万円未満、主観的社会階層(自分自身が日本社会の中でどの階層に属しているかどうかの認識)が低い労働者が、よりハラスメントを受けていることが明らかになりました。また、雇用形態別でみると、「自分自身がハラスメントを受けている」、「職場でハラスメントにあっている人がいる」のどちらの回答も、派遣社員に多いという特徴が明らかになりました。一方で、性別や、会社・事業場の規模では差は見られませんでした。

学歴、世帯収入、雇用形態、主観的社会階層は、社会経済的階層と呼ばれる項目です。近年、「社会格差」「健康格差」という言葉が話題になっている通り、こういった社会経済的階層が疾病や死亡率に影響することが国内外の研究でわかっています。今回の調査では、これらの社会経済的階層が、職場でのハラスメント被害にも関連していることが新たに明らかになりました。

これには、どのような理由が考えられるのでしょうか?一つは、例えば高卒未満の労働者、世帯収入250万円未満の労働者は、そもそも福利厚生や社内制度のしっかりとした企業に就職することができていない可能性があり、そういった職場はブラック企業と呼ばれるような、ハラスメント行為が多発している、従業員使い捨ての心理社会的に安全でない場所で仕事をしている可能性が考えられます。次に、こういった労働者は社内での職位が低く、ハラスメントの矛先になりやすい可能性が考えられます。というのも、基本的にハラスメントは職位、学歴、知識などのパワーのある者からパワーのない者に対して行われるものなので、学歴や収入が低い労働者、雇用の不安定な派遣社員等は、格好のターゲットになりやすいからです。このことから、社会経済的階層の下の方に位置する労働者は立場も弱く、不安定な立場に置かれており、ハラスメントを受けやすい可能性があると言えます。また、不安定な立場だからこそ、上司や同僚からの言動を、よりハラスメントだと感じやすいという可能性も考えられます。

立場の弱い労働者にも働きやすい環境を

現在はどの企業や自治体でも派遣社員等の非正規職員が不可欠となっていますが、いつまでも「派遣さん」と呼ばれて職場の一員として認めてもらえなかったり、企業の業績が悪くなると真っ先に首を切られる立場であったりと、常に不安を感じながら仕事をしています。正当な理由がなければ解雇されにくい正社員が叱責されるのと、同じことを派遣社員が言われるのとでは、受ける心身のダメージが異なるのは当然のことです。企業や管理監督者には、こういった社会経済的階層の低い労働者がハラスメントの被害にあうことがないように、あるいは不安にさせたりしないように、立場の弱い労働者にとっても働きやすい環境を整えることが求められます。例えばハラスメント調査や職場環境改善の際にはパートや派遣社員にもメンバーに入ってもらうなど、同じ職場で働く立場の弱い労働者の意見も吸いあげるようにし、そう言った方々が一方的に不利益を被らないような取り組みが、ハラスメント予防に繋がる可能性があると言えるでしょう。

参考文献
Tsuno K, Kawakami N, Tsutsumi A, Shimazu A, Inoue A, Odagiri Y, Yoshikawa T, Haratani T, Shimomitsu T, Kawachi I. Socioeconomic determinants of bullying in the workplace: A national representative sample in Japan. PloS one. 2015;10(3):e0119435.

(2018年7月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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