ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(2)

第11回国際職場のいじめ・ハラスメント学会参加報告と最近のトピックス

国際職場のいじめ・ハラスメント学会

2018年6月5日から8日にかけて、2年に1回の頻度で開催されている国際職場のいじめ・ハラスメント学会の第11回が、フランス・ボルドーにて開催されました。欧州を中心に、アフリカ、中南米、そしてアジアから職場のいじめ・ハラスメントに関する研究者や実践家が集まる学会です。筆者は、2010年にイギリス・カーディフで開催された第7回から毎回参加しています。

今回は初めて、フランス語・スペイン語・英語の3ヶ国語での同時通訳システムが導入されていました。そのため、英語での発表に対し、突然フランス語やスペイン語で質問が来るということもしばしば。もちろん、逆も然り。一つの言語だけでなく、様々な言語を話す人がリアルタイムで一緒に議論できるという、国際会議のあるべき姿を見た気がしました。日本での国際学会開催時にも参考になりそうです。

LGBTに対するハラスメント

今回の学会の特徴として一番目立ったのは、中南米からの参加者が増えていたこと、そしてLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの総称)に関する報告が多かったことでした。特にLGBTに関する報告はいくつものセッションが組まれるほどで、参加者の関心の高さが伺えました。

近年LGBTに対するハラスメントが注目されることになった理由の一つに、米国で2017年4月に出た判決があります。連邦控訴裁判所が、レズビアンであることを理由にIvy Tech Community Collegeのフルタイム職を拒否されたKimberly Hively氏の訴えに対して、「男性中心の組織から、女性であることを理由に拒否されることと全く同じこと」と言及し、「セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)を含む性差別を禁止している1964年の公民権法は、LGBTにも当てはめられる」。つまり、LGBTに対する差別も連邦法で禁止されていると明言したのです。この判決は、元々多くの州で同性婚等のLGBTの権利が認められている米国内でも、多くの反響を呼びました。

近年日本でも、SOGI(ソジ)ハラという言葉が話題になっています。性的指向や性自認に関連して、差別やいじめ、暴力などの精神的・肉体的な嫌がらせを受けること、あるいは、望まない性別での学校生活・職場での強制異動、採用拒否や解雇など、差別を受けて社会生活上の不利益を被ることを指します。※SOGIとは、Sexual Orientation(性的指向) とGender Identity(性自認)の略です。

日本ではまだまだ性自認や性的指向に関する理解が浸透しておらず、研究の世界においても、労働者のうちどのくらいの人がLGBTに該当するのか、そしてLGBT労働者がどのようなハラスメントにどのくらいあっているのか、まだわかっていません(現在、筆者が所属する研究班「セクシュアル・マイノリティへの適切な対応を促進する産業保健スタッフ向け研修の開発」が調査中です)。

一口にLGBTと言っても、そのキャラクターは様々です。第11回国際職場のいじめ・ハラスメント学会でも発表していたオランダの研究者Lisette Kuyper博士の研究では、特にバイセクシュアルの男性労働者が、ゲイや異性愛者(女性が恋愛対象)の男性よりもパワハラを多く受けていたことが報告されています。一方で女性においては、レズビアンとバイセクシュアル両方が、異性愛者の女性よりも多くパワハラを受けていました。このように、LGBTでひとまとめにするのではなく、それぞれに分けて実情を把握することが大切であると彼女は指摘しています。

今から18年前に、世界で最初に同性婚を合法化したオランダでさえこの状況であるということは、LGBTに嫌悪感を持つ人が多い日本においては、残念ながらLGBT労働者の多くがハラスメントの被害にあっているであろうことが容易に想像できるかと思います。実際、日本労働組合総連合会による2016年のLGBTに関する職場の意識調査では、職場の上司や同僚、部下などがレズビアン・ゲイ・バイセクシュアルであった場合どのように感じるか聞いたところ、「嫌だ」(「どちらかといえば」を含む)と回答した人が35.0%もいました。男女別にみると、抵抗を感じるという人の割合は、女性は23.2%、男性は46.8%と女性の2倍であり、世代別では、20代では28.4%、30代では、34.4%、40代では38.0%、50代では39.2%という風に、世代が上がるにつれ高くなっていました。つまり、わが国では男性ほど、年齢が高いほど、身近なLGBTの人々に対して嫌悪感を感じているということです。このことから、我が国においてLGBTに対するハラスメントを防止するためには、まず上司層にアプローチすることが重要と言えます。

職場におけるLGBTの調査は、日本ではまだ始まったばかりです。現在我々が行なっている調査結果の続報にも、ぜひご期待下さい。

参考文献
Kuyper L. Differences in Workplace Experiences Between Lesbian, Gay, Bisexual, and Heterosexual Employees in a Representative Population Study. Psychology of Sexual Orientation and Gender Diversity. 2015; 2: 1-11.

(2018年11月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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