ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(4)

「放任型上司」に潜むリスク

―パワハラだと訴えられることを恐れて部下と関わらないようにすると、逆に部署内のパワハラやいじめ発生を誘発させる!?―

パワハラの行為者として最も多く報告されるのは、「上司」や「職位が上の人」です。例えば我々の調査では、被害者の75%が「上司」からパワハラを受けたと回答していました(なお「同僚」からは41%、「部下」からは9.4%)。そのため、まずは最も行為者となりやすい上司層・管理職に、パワハラ防止研修の機会を行うことが必要だと言えます。

ただ、この時「この行為をするとパワハラになる」「これはいけない」等、上司層を委縮・疲弊させてしまうようなパワハラ防止研修は、結果的に、上司層が部下と積極的に関わることを躊躇させている、という声も聞かれます。そこで今回は、上司層の消極放任型リーダーシップが、将来的なパワハラ・いじめ行為の発生を誘発するのかを検証した我々の研究結果1をご紹介します。

研究結果の話に移る前に、ここで「マネジメント」と「リーダーシップ」との違いを整理しておきたいと思います。ハーバード大学ビジネススクール名誉教授であるジョンP. コッター2によると、マネジメントは「計画と予算の策定」「組織編成と人員配置」「統制と問題解決」によって構成されるのに対し、リーダーシップは「方向性の設定」「人心の統合」「動機づけ」から構成されるとされます。つまり、管理職であればいわゆるマネジメント業務を行うのは当然ですが、その管理職にリーダーシップがあるかどうかは別問題だと言うことができます。この「リーダーシップの不在」こそが、今日取り上げる「消極放任型リーダーシップ」です。簡単に言えば、マネジメントのポストにはついているけれども、逃げ腰であったり部下に関心を示さなかったりする、極論で言えば何もしない上司のことです。

関東地方の地方公務員約2,000名を対象にした我々の調査1では、まず初回調査時点で部下に直属上司のリーダーシップ形態を評価してもらい、自分自身がパワハラやいじめ行為を受けているかについても回答してもらいました。そしてその半年後にもう一度、どのくらいパワハラやいじめ行為を受けているかを回答してもらいました。上司のリーダーシップ形態を評価する時期とパワハラ行為を受けたかを評価する時期をずらしたのは、ある理由があります。それは、パワハラ行為を受けている人は上司の行動を悪く評価しやすい、ということが既存の研究で指摘されていたためです。これはネガティブハロー効果と呼ばれ、上司のリーダーシップ形態とパワハラとの関連を過大に見積もってしまう可能性があると指摘されていました。そのため我々の研究では、初回調査時点で既にパワハラやいじめ行為を受けている人を解析から除外し、「初回調査でパワハラを受けていないけれども、直属上司が消極放任型リーダーシップ形態である状態の職員が、半年後にパワハラやいじめ行為を新たに受けるようになるか否か」を検証することにしました。つまり、上司の消極放任型リーダーシップの長期的な効果を明らかにしようとしたのです。

結果はどうだったかと言うと、初回調査時の直属上司の消極放任型リーダーシップと半年後のパワハラやいじめ行為の新規発生との間には、明確な関連が見られました(図1)。正確に言うと、性別、年齢、教育歴、婚姻状態、慢性疾患の有無、職種、雇用形態、交代勤務の有無、追跡期間中のライフイベントの有無の影響を調整した後においても、消極放任型でない上司を持つ場合と比べて、消極放任度合いが高い上司を持つ場合は、新規にパワハラやいじめ行為を受けるリスクが4倍(オッズ比:4.28[95%信頼区間:1.29-14.2])になるという結果が得られました。また、個人評価だけでなく、同じ部署に所属する職員全員によって評価された上司の消極放任度合いも、その部署に所属する職員がパワハラやいじめ行為を受けるリスクと関連していました。

初回調査時の直属上司の消極放任型リーダーシップと半年後のパワハラ・いじめ行為新規発生との関連図

図1.初回調査時の直属上司の消極放任型リーダーシップと半年後のパワハラ・いじめ行為新規発生との関連(ロジスティック回帰分析、数値はオッズ比)

ではなぜ、直属上司が消極放任的であると、新たにパワハラやいじめが発生するようになるのでしょうか。これには、直接的な影響と、間接的な影響があると考えられています。直接的には、こういった消極放任的上司を持つと、「自分は嫌われているのでは?」と部下に感じさせたり、疎外感を感じさせたりすることで、パワハラを受けていると感じさせやすい、ということがあげられます。怒鳴り散らすタイプの上司とは異なり、消極放任型の上司を持つとすぐに「パワハラを受けている」とは感じにくいのですが、長期的に見ると部下に不満をもたらしやすく、パワハラを受けていると感じさせるのではないかと考えられます。間接的な影響としては、適切な指示がないことで職場を不安定化させたり、従業員同士の葛藤やぶつかり合いを増やしたりする可能性があるとされ、それが結果的に部署内のパワハラやいじめ行為を増やすというものです3(図2)。例えば、Aという仕事を誰がやるのかで揉めたり、責任のなすりつけ合いになったり、イライラすることで弱い者いじめに走ったり、ということが考えられます。

直属上司の消極放任型リーダーシップとパワハラ・いじめとの関係図

図2.直属上司の消極放任型リーダーシップとパワハラ・いじめとの関係

さらに、職場で部下同士のパワハラやいじめ行為が発生した場合、上司がそれに介入しないと、「これは許される行為だ」という認識が広がってしまい、行為者側の行動がエスカレートするという危険性も指摘されています。これは「無言の承認」と言われ、部下の行動に関わろうとしないことが、意図せずして「上司のお墨付き」となってしまうことを意味します。かなりひどいパワハラやいじめ行為が行われていたケースで、調べてみたら上長が消極放任型だった、というのは珍しくありません。

これらのことから、一見無害に見える上司の消極放任型リーダーシップ形態が、部下にパワハラを受けていると感じさせたり、職場内で実際にパワハラやいじめ行為を増やしたりする可能性があることを念頭に、パワハラ防止研修やメンタルヘルス対策を行っていく必要があります。我が国では年功序列等の慣習の影響で、適切なリーダーシップトレーニングを受けずに管理職となることが多く、部下とどのように関わったら良いのかわからず、結果的に消極放任的になってしまう上司が少なからず存在します。こういった不幸なことが起こらないように、上司を委縮させるような研修ではなく、上司が自信をもって部下と関わっていくことができるような研修であったり、上司層をサポートする取り組みに力を入れたりしていくことが求められます。

  • 1.Tsuno K, Kawakami N. Multifactor leadership styles and new exposure to workplace bullying: a six-month prospective study. Ind Health. 2015;53(2):139-51.
  • 2.ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 (編). Harvard Business Reviewリーダーシップの教科書. ダイヤモンド社, 2018
  • 3.Skogstad A, Einarsen S, Torsheim T, Aasland MS, Hetland H. The destructiveness of laissez-faire leadership behavior. J Occup Health Psychol. 2007;12(1):80-92.

(2019年11月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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