ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(6)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連のハラスメント

2019年後半に中国・武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が我が国でも確認されたのは2020年1月頃で、その後低調に推移したのち3月下旬から感染者数が急増しました(図1)。その結果、2020年4月7日には緊急事態宣言が全国を対象に出され、3密(密閉・密集・密接)の回避、ソーシャル・ディスタンスの導入、移動の制限、テレワークの推奨等、特に働く世代に大きく影響が生じる事態となったのは記憶に新しいところです。

新型コロナウイルス感染症の国内発生動向

図1.新型コロナウイルス感染症の国内発生動向1

感染者数が急増しつつあった2020年3月19日から22日にかけて、筆者は東京大学の研究チームと一緒に、労働者を対象とした調査2を実施しました。どのくらいの労働者が新型コロナウイルス感染症に対して不安を持っているのか、勤務先ではどのような新型コロナウイルス感染症対策が行われているのか、労働者の精神・身体健康状態や仕事のパフォーマンスに変化は起きているのか等を明らかにすることを目的としたものです。その約1年前に実施した別の調査に回答した2,800名を対象にオンラインで調査を実施したところ、1,448名から回答が得られました。

調査項目の中で、新型コロナウイルス感染症関連のハラスメントを受けているかどうかも聞きました。具体的には、「新型コロナウイルスに関連して、嫌味を言われた」、「新型コロナウイルスに関連して、嫌がらせを受けた」、「新型コロナウイルスに関連して、職場で避けられた」、「新型コロナウイルスに関連して、職場で責められたり非難されたりした」、「新型コロナウイルスに関連して、職場で不本意に自宅待機をさせられた」という項目を用いました。

その結果、回答者の2.3%が新型コロナウイルス関連の何らかのハラスメントを受けていたことがわかりました。また、これらのハラスメント行為を受けていることと、心理的ストレス反応や心身愁訴との関連には、統計的にも有意な関連が確認できました。つまり、少なくない労働者が新型コロナウイルス関連のハラスメントにあっており、なおかつそれにより心身の不調をきたしていたことがわかったのです。

我々の調査では、具体的にどのような行為を受けたかどうかまでは聞いていません。そのため、どのような嫌がらせを受けたり嫌味を言われたりしたのかまではわかりませんが、恐らく感染を恐れて「近づくな!触るな!」と言われたり、感染を疑われて「ばい菌」扱いされたり、感染防止対策が不十分なことを責められる等のケースが含まれると考えられます。

調査を実施した2020年3月19日から22日頃は、感染者が急増していく中で、感染に対する不安が国内で一気が高まった時期に該当します。一般的にハラスメントは、不安が高まったり、環境が不安定になったり、大きな変化が生じたりしたときに発生件数が増えると言われています。というのも、人は自分自身に余裕がなくなると、他者に対しても余裕をもって接することができなくなり、攻撃的になることで自分の自尊心を保つ傾向にあるからです。

今回の新型コロナウイルス感染症は、まさにこれに当てはまる事態であったと言えます。つまり、今回のように新型コロナウイルス関連に限定しても回答者の2.3%がハラスメントにあっていたということは、逆に言えば、一般的なハラスメントにはより多くの人があっていた可能性があるのです。通常職場で発生しているハラスメントに新型コロナウイルス関連のハラスメントが加わったことで、全体的な件数も増えていた可能性が考えられます。さらに言えば、おそらく国内で最も不安が高まったのは緊急事態宣言が行われた4月頃であり、その前の段階である3月に実施した我々の調査では、被害状況が過小評価されている可能性もあります。これらのことから、こういった変化が起こっている時こそ、ハラスメント対策を後回しにせず、積極的に相談を受けたり、防止対策を講じたりする必要があると言えます。

今回の調査では、行為者が誰だったかまでは聞いていないので、同じ職場の人から受けた場合もありますし、利用者や顧客等のカスタマーから受けた場合も含まれると考えられます。そこで我々は2020年5月、同じ職場の人からハラスメントを受けたのか、あるいは利用者や顧客からハラスメント(カスタマーハラスメント:顧客からの嫌がらせや不当な要求)を受けたのかを区別して聞く、2回目の調査を実施しました。こちらは現在解析を進めている最中ですので、また研究成果がまとまりましたらご紹介します。

なお本調査結果をまとめた資料2は、プレプリント(査読前論文)と呼ばれるものです。論文が科学誌(ジャーナル)に掲載されるためには、通常、2名以上の査読者から審査を受け、その指摘に従って修正を数回繰り返し、査読者らの承認が得られれば受理され、その後しばらく経ってから実際の科学誌に掲載されるというプロセスを辿ります。これには通常数か月~1年の期間がかかるため、タイムリーに研究結果を発表するのは困難です。そこで最近では、査読を受ける前の原稿を公開することで、広く研究結果を公表し、論文をブラッシュアップさせるための意見を貰うという手法が取られるようになりました。本原稿も、その一環で、投稿を受けた科学誌が我々の原稿を査読前に公開したものです。そのため、実際に査読を受けた後に、査読者からの指摘により本原稿の内容が変わる可能性があります。本記事内で紹介した数値についても、解析方法等の変更によって変わる可能性があることを予めご了承下さい。今後原稿内容に修正等が発生したり、掲載される科学誌が決まったりした場合には、本記事も迅速に修正を行う予定です。

  • 1.厚生労働省.新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(令和2年6月23日24時時点).2020年6月24日発表
  • 2.Sasaki N, Kuroda R, Tsuno K, Kawakami N. Fear, Worry and Workplace Harassment Related to the COVID-19 Epidemic Among Employees in Japan: Prevalence and Impact on Mental and Physical Health. The Lancet Public Health(査読前論文公開), 2020.

(2020年7月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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