ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(7)

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オンライン上のいじめ・ハラスメント

コロナ禍においてテレワークや在宅勤務等のリモートワークが拡大する中、リモートハラスメント(リモハラ)やテレワークハラスメント(テレハラ)が話題となっています。正式な定義はまだありませんが、「オンライン上や遠隔的に行われる何らかのハラスメント(嫌がらせ)」を意味することが多いようです。パワーハラスメント(パワハラ)に該当しうる例としては、就業時間中に常時カメラをONにすることを求めるような上司による行き過ぎた監視等、セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)に該当しうる例としては、オンライン会議中にチャットで「今日もかわいいね」「君の部屋のインテリア、僕の好みだなぁ」と一方的に好意を寄せる個別のメッセージを送ったり、1対1のオンライン飲み会に誘ったりする等の行為があげられます。

筆者が調べた限りですが、こういったリモハラやテレハラをどのくらいの労働者が受けているのかを明らかにした量的調査は、まだ国内外にないようです。しかし、オンライン上で行われるハラスメントに関しての報告は、決して新しいわけでなく、これまでにいくつも研究結果が報告されています。国外の学術研究では「cyberbullying(サイバーブリング=オンライン上のいじめ、ネットいじめ)」あるいは「online harassment(オンラインハラスメント)」と称されることが多く、サイバーブリングは「他者を傷つけたり恥をかかせる目的で、メッセージを送ったり画像を投稿したりするために、インターネットや携帯電話、あるいはその他のテクノロジーを用いること1」と定義されています。特に、継続して行われるもの、悪意があるものを指すという特徴があります。一方、オンラインハラスメントに関しては定義が定まっていないこと、激しい反対意見の表明との区別が困難であることが指摘されていますが、一般的には「オンライン上で行われる、他者に対する公然で故意の攻撃2」と定義されており、サイバーブリングより広い範囲のものを取り扱っているとされます。サイバーブリングもオンラインハラスメントも、知り合いでない人からの攻撃が含まれるという点が、基本的に同じ職場の人間から受けるリモハラやテレハラとの大きな違いかもしれません。

オンラインハラスメントもサイバーブリングも圧倒的に若者や学生を対象にした研究が多く、成人を対象にしたオンラインハラスメントに関する研究はセクハラが関連するものが多いのですが、サイバーブリングに関しては成人や一般労働者を対象にした研究も比較的多く行われています。例えば、オーストラリアにおいて製造業に勤務する男性を対象にした研究3では、過去6か月間に34%が対面でのいじめ・パワハラを、10.7%がサイバーブリング(Eメール、ショートメール、あるいは電話を使用したいじめ・パワハラ)を経験していたと報告されています。サイバーブリングの被害者全員が対面でのいじめ・パワハラも経験していたことから、いじめ・パワハラ行為が実際の職場からオンライン上に派生することが示唆されています。このことは、既存の職場の人間関係から派生するリモハラやテレハラとの共通点であると言えそうです。

サイバーブリングは、職場外で行われるために、上司や会社から見えない状態で行われる点に対応の難しさがあります。研究の数もまだまだ少なく、見知らぬ人同士のネットいじめではなく、既存の職場の人間関係を基にしたサイバーブリングやハラスメントがどの程度起こっているのか、どのような場合に起こりやすいのか等は十分にわかっていない部分が大きいのが現状です。仕事関係のオンラインのコミュニケーションやテレワークが普及した現在、日本でも調査や研究が進むことが期待されます。

  • 1. Moessner C. Cyberbullying. Trends Tudes. 2007; 6: 1-4.
  • 2. Ybarra ML, Mitchell KJ. Online aggressor/targets, aggressors, and targets: A comparison of associated youth characteristics. Journal of child Psychology and Psychiatry. 2004; 45(7): 1308-1316.
  • 3. Privitera C, Campbell MA. Cyberbullying: The new face of workplace bullying?. Cyber Psychology & Behavior. 2009; 12(4): 395-400.

(2020年11月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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