ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(11)

日本ではパワハラにならない行為も、外国人労働者にはパワハラだと感じる

日本で働く外国人の数は、増え続けています。2021年10月末現在の外国人労働者数は1,727,221人で、前年比 2,893 人増加し、2007年に届出が義務化されて以降、過去最高を更新しました1。このような状況下で、日本の当たり前(「社長の言うことを聞くのは当たり前」「上司に文句言わずに仕事をするのが当たり前」)が外国人には通用しない、という場面が増えています。

日本人経営者とベトナム人労働者の対立

2022年2月、生キャラメルで知られる株式会社花畑牧場(北海道中札内村)のベトナム人労働者が、寮の水道光熱費の値上げに抗議して休業し雇い止めされたことに対し、処分撤回を求め牧場に団体交渉を申し入れるという出来事がありました。

花畑牧場で働いていたベトナム人は、給料から寮の水道光熱費として毎月7千円を支払っていたそうです。しかし2021年10月に一方的に値上げされ、2022年1月には倍以上の約1万5千円になりました。これに抗議するため事実上のストライキを行ったところ、牧場側から元の金額に戻すと連絡があったのですが、2022年の2月、ストライキに参加していないベトナム人も含めた40人に3月15日付けでの雇い止めを通告。うち4人を出勤停止7日間の懲戒処分とした上で、「他の従業員を扇動して生産ラインを止めた」としてそれぞれに50万円、計200万円の損害賠償を請求した、というものです2。さらに、社長の発言を断片的に切り取って情報発信したなどとして、ベトナム人3人を名誉毀損と信用毀損の疑いで告訴しました。

しかし、ベトナム人3人と交わした「労働条件通知書」と入管当局に提出した「雇用条件書」で契約期間が異なっていることが明らかになり、世間から批判を受けた結果、同社は謝罪した上で、損害賠償請求や告訴を取り下げ、解決金を支払うことを約束し、その後和解に至りました。同社はホームページで「外国人労働者の受け入れ実績が浅く、至らない点があった。深く陳謝する」とコメントしましたが、合理的な説明なく寮費を上げる、事前に提示していた条件と異なる条件で雇用する等の行為は、外国人であることに関係なく許されないことです。

しかし、このように敢えて「外国人労働者である」ことを理由にあげるのは、裏を返せば、日本人労働者であればこんなことは起きない、と述べているように聞こえます。確かに日本は、ストライキが非常に少ない国です。例えば2020年に行われた半日以上のストライキ(同盟罷業)は、日本全国でたった35件、参加した労働者は806人しかいません3。日本で雇用されている労働者は2020年時点で5,973万人もいますので、その内の0.001%しかいないのです。

一方で、イギリスでは、ロンドンの主要な交通網である地下鉄でさえ、数か月ごとにストライキ(予告含む)を行っています。ストライキは「団体行動権」として日本国憲法で認められている労働者の権利なのですが、日本では、労働者の権利を行使する人が少ないのです。日本は和を重視し、会社に文句を言わず忠誠心を見せる人が評価されるため、ストライキを実施しにくい環境にあるのかもしれません。

日本の職場で「当たり前」にされていることが、外国人にとってはパワハラとなる

しかし、「文句を言わない日本人労働者」とばかり仕事をしていると、労働者を守るという感覚が麻痺し、経営者や上司が不当な要求をしてしまうことにも繋がります。

筆者は以前、マレーシアの研究者から、「マレーシア版職場のいじめ尺度4を作ったから、ぜひ日本でも使ってほしい」と言われて、日本語に翻訳してみたことがあります。しかし結局、それを使うことはありませんでした。それは、項目内容が日本の職場の「あるある」過ぎて、「これを使うと、ほぼ100%の職場でパワハラがあると判定されてしまうだろう」と思ったからです。

例えば、その尺度には下記の項目が含まれています。
・職務外の仕事をするよう求められる
・職務内容とは無関係の不必要な仕事をするよう求められる
・過度な量の仕事をするよう求められる
・賃金なしで時間外労働をするよう求められる
・他の同僚がするべきであると思われる仕事をするよう求められる
・指導・助言なしで働くよう言われる
・締め切りを守るよう強いられる
・手助けなしに一人で働くよう言われる
・何か間違っていた時に、不当に非難される
・正当な理由なしに、叱られたり小言を言われたりする

いかがでしょうか。中にはサービス残業の強要など違法なものもありますが、強要せずとも、就業開始前に掃除をしなければならない、制服に着替えておかなければならない、等の「暗黙の了解」や「ルール」によって、賃金なしでの時間外労働をするよう求められることは、日本の職場ではまだまだ多いのではないかと思います。ましてや、締め切りを守るなんてことは「社会人として当然のこと」で、「それが守れない人は責められてしかるべき」と思っている人が多いのではないでしょうか。

しかし、日本人にとっては(麻痺してしまって)違和感がないようなことでも、外国人にとっては「不当である」と感じる行為であることを認識しておく必要があります。日本では「パワハラ」だと認定されないレベルの行為が、他のアジア諸国、例えばマレーシアでは「いじめ」「パワハラ」だと認識されることは、紛れもない事実なのです。

現在、外国人労働者の数は増えていますが、外国人にとって働きやすい環境でないことがわかれば、これからどんどん外国人労働者が日本から逃げ出していくと思います。日本人の出生数は減り続けているため、日本人人口は既に「減少段階」に突入しています。出生数が減っているということは、つまり、これから労働者の数が激減するということです。実際、15歳以上の労働力人口は、2017年から2040年までに1000万人以上減ると予測されています5。人手不足に陥った多くの会社がつぶれ、産業が衰退していき、国としても荒廃していくという未来が現実になるのも、そう遠くないでしょう。

外から入ってくる外国人労働者にとって魅力的な職場でない限り、日本はもはや、国としての繁栄を維持できないのです。日本人の当たり前を押し付けるのではなく、「物言う労働者」視点でハラスメントフリーの職場環境を構築することが求められています。

(2022年4月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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