ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(15)

精神障害・自殺に関する労働災害認定基準の変更

精神障害・自殺に関するハラスメント関連の労働災害認定状況

2023年9月、精神障害・自殺に関する労働災害(労災)認定基準が改訂されました1。ハラスメント関連項目に関しても変更があったので、ここでは近年の認定件数の推移と共に解説したいと思います。 精神障害の労災認定基準に「パワーハラスメント」が初めて登場したのは、2020年6月のことでした。具体的には、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」という項目名で規定されています。下記が、心理的負荷が「強」と判定される具体的な内容です。

○上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた【心理的負荷が「強」である例】

  • 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
  • 上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
  • 上司等による次のような精神的攻撃が執拗に行われた場合
    • 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
    • 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
  • 心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合

なお優越的な関係を背景としていない(パワハラでない)言動の場合、例えば同僚同士の間で起きるいじめや嫌がらせに関しては、別の項目によって規定されています。いずれにしても、心理的負荷としては「強」に該当しないレベルのハラスメントであったとしても、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合は、その状況自体を心理的負荷が「強」であると判定されることになっています。これは、パワハラの防止義務が企業に課されていることから、適切な対応がされていることが当然とされていることが背景にあります。

○同僚等から、暴行又はひどいいじめ・嫌がらせを受けた【心理的負荷が「強」である例】

  • 同僚等から、治療を要する程度の暴行等を受けた場合
  • 同僚等から、暴行等を執拗に受けた場合
  • 同僚等から、人格や人間性を否定するような言動を執拗に受けた場合
  • 心理的負荷としては「中」程度の暴行又はいじめ・嫌がらせを受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合

それでは、現在、ハラスメント関連でどの程度労災が認定されているのでしょうか。「暴行又はひどいいじめ・嫌がらせを受けた」という項目が追加されたのは2009年のことなので、その時点から2022年までの推移を見てみると、図1のようになります。これまで徐々に増加傾向にありましたが、2020年の上司からのパワハラが新規追加されたことに伴い、一気に認定件数が増加しています。初年度だけで99件、2021年は125件、2022年は147件が、上司からのパワハラにより精神障害を発症、または自殺に至ったとして、労災認定されています。

図1.精神障害・自殺に関するハラスメント関連の労災支給決定(認定)件数の推移

精神障害・自殺に関する労災認定基準改訂の主なポイント

このような中、2023年9月に精神障害・自殺に関する労災認定基準が改訂されました。全体における1つ目の主な変更点は、業務による心理的負荷評価表が見直されたことです。具体的出来事の追加、類似性の高い具体的出来事の統合等が行われたと共に、心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例が拡充されました。
2つ目の主な変更点は、精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲が見直されたことです。それまでは、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」(例えば直近1か月以内に月160時間以上の時間外労働等、特に強い心理的負荷となる出来事)がなければ業務起因性を認めていなかったのが、今後は、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」により悪化したときには、悪化した部分について業務起因性を認めることとなりました。
これまでは、パワハラを受ける前からメンタルヘルス不調状態にあり、さらにパワハラ(業務による強い心理的負荷)によって状態が悪化した場合は、労災として認められることはありませんでした。それが今後は、元々メンタルヘルス不調状態であっても、さらにパワハラを受けたことにより悪化した場合は、その悪化した部分について労災認定される可能性があります。
実は、メンタルヘルス不調状態であることは、パワハラを受けるリスクを高めることが報告されています2。というのも、うつ状態などのメンタルヘルス不調状態になると、集中力や判断力が低下したりすることでミスが増える傾向にあり、それが、パワハラを受ける標的となってしまうことに繋がるからです。こういった状態も救済対象になることは、ハラスメント被害者にとっては朗報だと言えます。
3つ目の変更点は、医学意見の収集方法が効率化されたことです。これまでは、自殺事案や、「強」かどうか不明な事案等は、専門医3名の合議による意見収集が必須でした。それが今後は、特に困難なものを除き専門医1名の意見で決定できるよう変更になりました。そのため、全体的な審査の迅速化に繋がると期待されます。

2023年9月の改訂でハラスメント項目はどう変わったのか

まず、パワハラに関して3つの変更点があります。1つ目の変更点は、精神的攻撃の具体例が拡充されたことがあげられます。いわゆるパワハラの6類型、それぞれに合わせた例が記載されました。2つ目の変更点は、パワハラの中に「性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含む」と明記されたことです。
性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)に関するハラスメントは、それぞれの頭文字を取って、SOGI(ソジ)ハラと呼ばれます。これまでも厚生労働省は、パワハラの中にSOGIハラが含まれることを明示してきました。それと整合性を保つ形で、労災認定のパワハラ項目の中にもSOGIハラが入ったと言えます。
3つ目の変更点は、心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合、被害者が会社に相談した時だけでなく、会社がパワハラがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合も、それをもって心理的負荷が「強」と判定されるようになったことです。
被害者から直接の相談がなくても、実態調査実施を行った時や、第三者から目撃証言が寄せられたときなど、会社側が何らかの形でパワハラの存在を把握する機会があると思います。このような時に、「被害者本人から相談がないから」と事実確認を行わなかったり、放置したりしてしまうと、会社側が適切な対応をしていないと判断される可能性があります。安全配慮義務違反にならないためにも、何らかの形で情報を把握した際は、迅速な対応が求められると言えるでしょう。

○上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた【心理的負荷が「強」である例】

  • 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた
  • 上司等から、暴行等の身体的攻撃を反復・継続するなどして執拗に受けた
  • 上司等から、次のような精神的攻撃等を反復・継続するなどして執拗に受けた
  • 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
    • 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
    • 無視等の人間関係からの切り離し
    • 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求
    • 業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求
    • 私的なことに過度に立ち入る個の侵害
  • 心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社がパワーハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった

※性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含む。

もう一つ、ハラスメント関連では大きな変更がありました。それは、「カスタマーハラスメントを受けた」という項目が新規追加されたことです。具体的な項目名としては「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」で、心理的負荷が「強」になる例として下記があげられています。

項目名:「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」【心理的負荷が「強」になる例】

  • 顧客等から、治療を要する程度の暴行等を受けた
  • 顧客等から、暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた
  • 顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた
  • 顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた
  • 心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった

カスハラに関しても、他のハラスメント項目と同様に、心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であっても、会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合は、それをもって心理的負荷が「強」と判定されることになっています。現在、ハラスメント相談窓口ではパワハラ・セクハラ・マタハラ関連の相談を受け付けていると思いますが、カスハラについても、相談窓口で取り扱うハラスメントとして正式に位置づけ、発生した際に迅速な対応ができるよう、対応フローを決めておく必要があると言えます。

引用文献

(2023年11月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 准教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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