ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(25)

妊娠・出産を理由とする解雇は許されない

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、社会福祉法人R会事件(東京地判令和2・3・4労判1225号5頁)です。

【テーマ】妊娠・出産を理由とする解雇は、絶対に許されません。

1.概要

今回は、出産後1年を経過していない保育士の解雇が無効とされた事例を紹介します。解雇が男女雇用機会均等法(均等法)9条4項に違反すると判断された点が注目されます。

2.事案の流れ

認可保育所等を営む社会福祉法人Y会で保育士として勤務していたXは、第1子の出産(平成29年5月)に伴い、産休と育児休業を取得しました。平成30年3月9日、XはY会に対し、復職日を第1子の保育園の慣らし保育が完了する同年5月1日とし、復職後は時短勤務にすることを希望しました。ところがY会のA理事長は、同年3月23日にXと面談し、復職させることはできない旨をXに伝えます。Xの求めに応じてY会が出した解雇理由証明書には、Xと保育園のB園長の保育観が一致しないことにより復帰要望をかなえられず、Y会都合による解雇に至った旨の記載がありました。Xは解雇の無効を主張し、Y会に対し労働契約上の地位の確認、解雇後の未払賃金や損害賠償の支払いを求めて訴訟を提起しました。

3.ハラスメント行為

均等法9条4項は「妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする」と定めており、Xに対する解雇がこの規定等に基づき無効となると判断されました。判決では「マタハラ」という言葉は使われていませんが、明らかに妊娠、出産等を理由とした不利益な取扱いであり、実質的にはマタハラ事件であると位置付けられます(同じく「マタハラ」という言葉が使われなかったマタハラ事件として、本解説〔第8回マタハラの判断ポイントはどこにあるか〕〔第11回ハラスメントの防止には十分な説明が重要〕があります。)。

4.裁判所の判断

①まず、XはB園長の保育方針や決定に質問や意見を述べるなど、保育観の違いはあったものの、解雇に相当するような問題行動があったとはいえず、解雇は合理的な理由を欠き解雇権濫用で無効であるとしました(労働契約法16条)。
②次に、均等法9条4項には、妊娠、出産等を理由とする解雇でないことを使用者が証明した場合は解雇禁止の例外になるという「ただし書」があるものの、使用者は単に妊娠、出産等が理由でないということではなく、妊娠、出産等以外に「客観的に合理的な解雇理由があること」を証明しなければならないと述べて、上記①の通り合理的な理由がないことは明らかであるから、均等法9条4項に違反する点でも解雇は無効であるとしました。
以上から、解雇を無効としてXがY会と労働契約上の地位にあることを認め、未払賃金の請求を一部認めました。そして、Y会による不法行為(民法709条)の成立も認め、損害として、解雇がなければXが後に第2子を出産した際に出産一時金と育児休業給付金を受給できたはずであるとして、それらに相当する金額の賠償を命じたほか、Xが復職の直前に解雇され、第1子の保育所入所を取り消されるなど大きな精神的苦痛も受けたとして、慰謝料の支払いも命じました。

5.本判決から学ぶべきこと

女性が安心して妊娠、出産できることを保障するため、均等法(9条4項)は妊娠中及び産後1年を経過しない女性労働者の解雇を原則として禁止しています。まず、このルールをあらためて確認することが必要です。
もちろん、妊娠、出産とは別に解雇の理由が存在するのであれば、この解雇規制の例外となり、妊娠を理由として解雇を免れることはできません(本解説〔第16回解雇理由が妊娠ではないとされた事例〕もご覧ください)。ただ、この点について、本件は、単に妊娠、出産以外に解雇の理由があるといえるだけでは不十分で、「客観的に合理的な理由」があること、要するに、解雇に値するきちんとした理由があることを証明しなければならないと述べました。確かに解雇には解雇権濫用法理(労働契約法16条)という一般的な規制もありますが、均等法9条4項は例外に当たらない解雇をすべて無効とする明確かつ強力な規制であり、実務的にも重みがあります(本件ではXの主張に応える形で解雇権濫用についても言及されていますが、理論的には均等法のみから解雇無効の結論を導くことが可能です)。妊娠中または産後まもない労働者を解雇すべき場合が絶対にないとは言い切れませんが、はたして解雇に値する理由があるのか、企業としては最大限に慎重な検討を行う必要があるといえるでしょう。
なお、本件では、解雇により保育所に入所できなくなったことが大きな精神的ショックをもたらしたこと、後の第2子出産時に育児休業給付等を受けられなくなったことについて、使用者に損害賠償を命じています。違法な解雇を行ったためにこうした賠償責任を課されることがあることも確認しておきましょう。

(2020年11月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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