ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(6)

虚偽のハラスメント申告は法律問題に

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、学校法人A学院ほか事件(大阪地判平成25・11・8労判1085号19頁)です。

【テーマ】虚偽のセクハラ(セクシャルハラスメント)の申告は,法的責任を問われることも!

【1.概要】

今回は,同僚の女性教員に対しセクハラ(暴行及びわいせつ行為)を行ったとして懲戒解雇された男性教員について,セクハラの事実はなかったとして,懲戒解雇が無効とされるとともに,虚偽の申告を行った同僚教員に法的責任が認められた事件を紹介します。

【2.事案の流れ】

Y1学院に専任教諭として勤務するXは,同僚の期限付専任教諭のY2と2人でドライブに行き,その車内で暴行を加え,わいせつ行為を行ったとして,就業規則の懲戒事由(教育者としてふさわしくない非行のあった場合)に該当するとして懲戒解雇処分を受けました。この処分は,Y2が同僚にドライブの際の出来事について話したことがきっかけで,Y1学院による調査(Y2に被害の事実をまとめた書面を提出させ,Xに事情聴取を行うなど)を経て行われました。なお,XとY2は,校内で初めて面識を持った翌日に文化祭の打ち上げに共に出席するなどしてから数日後,Xの誘いで上記のドライブに行き,その後約9か月間,電話やメールで連絡を取り合い,互いの自宅を訪れ,一緒に外食したりするほか,複数回,性交渉を持ったことが裁判所によって認定されています。

本件訴訟は,Xが,(1)Y1学院に対し,懲戒解雇が無効であるとして労働契約上の地位確認,懲戒解雇後の未払賃金を求めるとともに,懲戒解雇が不法行為(民法709条)に当たるとして損害賠償を求め,(2)Y2に対し,Y2がY1学院に対し虚偽の被害申告を行ったことが不法行為に当たり,精神的損害を受けたとして損害賠償を求めたという事案です。

【3.ハラスメントであると主張された内容】

Y2は,Y1学院に対し,上記のドライブの際,自らの意思に反してXに体を触られ,抵抗したところ平手打ちをされ,強姦されたなどの被害を申告しました。

【4.裁判所の判断】

裁判所は,XとY2のメールのやり取りの内容などから,「Y2は,Xに対して好意を抱き,Xに対して交際する気があるのかないのかを明確にするよう求めていたが,XはY2と交際することを明言しないまま,性的関係は持ち,最終的にはXからY2との縁を切るというXの不誠実な態度に対する怒りから,虚偽の事実を含む被害の申告をしたものと認めるのが相当である」とし,(1)Y1学院,(2)Y2について次のように判断しました。

(1)ドライブの際,XがY2の胸を触るなどの行為を行った事実は認められるものの,その際に暴行を加えたとの事実は認められないとして,懲戒解雇には理由がなく,無効であると判断し,地位確認請求と未払賃金請求を認めました。他方,Y1学院が懲戒解雇の理由とした事実認定は,合理性を著しく欠く恣意的な判断ということはできず,懲戒解雇が不法行為であるとはいえないとして,Y1学院に対する損害賠償請求は認めませんでした。

(2)Y2が申告した被害事実は刑法犯に当たり得る行為であり,これらの事実が認められれば懲戒解雇となる可能性が高い上,Xの名誉を毀損する内容であるから,申告の内容が虚偽であるとすれば,Xに対する不法行為に当たるとして,Y2に対する損害賠償請求(慰謝料80万円等)を認めました。

【5.本判決から学ぶべきこと】

本判決の特徴は,セクハラ被害の虚偽申告を行った従業員が個人として不法行為責任を負うことを認めた点にあります。虚偽申告を抑止する意味でも重要な事例といえるでしょう。また,企業側としては,ハラスメントの被害申告について,「嘘の申告などあるはずがない」という思い込みは法的リスクを伴うことを再確認すべきでしょう。本判決でも,結果としては企業が冤罪を見抜けなかったわけであり,従業員たちに与える影響も小さくはないと想像できます。もちろん申告者に対する配慮は必要ですが,ハラスメントの有無については,本連載の〔第3回セクハラの認定-被害者の拒否の有無〕〔第4回パワハラの調査-当事者の証言に不自然な点は?〕でも紹介したように,当事者の証言の合理性を考慮しつつ慎重に判断することが求められています。

(2014年6月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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